第46話 望まぬ来客、虚ろな彼女

 胸が温かい。しおりちゃんの吐息が私の胸にかかり、こそばゆいながらも心地よい。時々、ごそりと動くしおりちゃんに、幸せを実感させられる。

『あぁ、私を求めてくれてる』と。


 このまま夢のような時間がずっと続けばいいのに。


 私は願った。しおりちゃんが私に思う存分に甘え、それにひたすら応え続ける夢のような生活を。それがたとえ永遠で無くても、命付き尽きるまでしおりちゃんを甘やかしたい、と。

 食事を食べたいとしおりちゃんが願ったら、すぐさま用意し、どこかに行きたいと言葉にしたら、そこへ連れて行く。とことんまで、しおりちゃんに尽くしたいと、願った。


 でも、きっとそれじゃあ、今までと変わらない。“彼ら”と同じようにしおりちゃんもいずれ……。

 ───イヤだ。

 私の事を『重い』といってどこかへ去ってしまう。

 ───それだけはイヤだ。


 途端に不安になり、私は目を覚ました。瞼は軽くパッチリと目が開く。

 私の胸元には変わらず、私の服を着たしおりちゃんがいる。


「良かった……ちゃんといた」

 私にピッタリとくっつくしおりちゃんに私は胸を撫で下ろす。窓の外を見れば、真っ暗で寝室は冷え切っていた。

「結構、寝ちゃったわね……」

 いつもは昼寝をしたとしても、夕日が残ってる時には起きていたというのに、今日に限ってはそうではなかった。しおりちゃんの寝息が心地良すぎたからだろうか。


 そのしおりちゃんはと言えば、未だ寝たままだ。よほど疲れていたのだろう。

 このまま、私も寝転がったままでいようと思った矢先の事だった。



 ───ガチャガチャ。

 玄関の方で不穏な音が聞こえ始めた。そしてその直後にチャイムの音が鳴り響く。

 一回、二回。そして三回と何度もチャイムがなる。


 しおりちゃんが起きちゃうじゃない!!

 私はそう憤慨しながら、インターホンをとる。

「……どなたですか?」

『詩織!俺だよ!家に入れてくれ!』

 不機嫌さを前面に出して対応すると、どこか焦ったような男の声が耳に入ってくる。

「……ちょっとまってて」

 聞き慣れた声の男に、私はそういうとインターホンを切る。


「勝手に出て行った癖に何を今更」

 私はそう呟くと、リビングにある袋を持ち男が待つ玄関へと向かった。


 ───ドンドンドン。

 乱暴にドアを叩かれる音はとても不快で、さっきまでの心地良さが消し飛んでしまった。


 ロックチェーンをセットして、ドアを開けると昨日の朝私の元を去っていったはずの“彼”がいた。

「……なんの用?」

「なんの用って、帰ってきたに決まってるだろ?な、昨日のことは謝るから家に入れてくれよ」

 ヘラヘラした様子で私に謝る“彼”。どうしてこんな人に愛を注いでいたのか、今となっては分からない。誠実さなんて、まるっきり無いじゃない。……馬鹿みたい。

 私は過去に自分に失望した。“彼”のどこが好きだったのか、まるで分からなくなっていた。

「帰って。ここはもう、あなたが入っていい場所じゃないの」

 そう言って私は“彼”を追い返そうとする。今すぐにでもしおりちゃんの元に戻って、“愛”を実感したかった。

「おい、そりゃないだろ。俺のものもあるのにさ」

 相も変わらず、ヘラヘラとした様子の“彼”。きっとこのまま家に入れると思ってるのだろう。

 そんな事は絶対にさせないのよ。ここは私としおりちゃんの家なんだから。

「それって、これの事?」

 顔色一つ変えずに私はリビングから持ってきた袋を“彼”に見せる。

「……は?なんだそれ」

 突如顔色を変える“彼”。その顔はなんとも滑稽で今すぐにでも写真を撮って“彼”に見せつけたいくらいだった。

「家中にあったあなたのものよ。大丈夫、高そうだったものはちゃんと分けてあるから」

「そういう問題じゃねぇだろ!一体なんのつもりだよ、これは!!」

『信じられねぇ!』

 そんな事を言いたげに私を怒りの表情で見つめる“彼”。

「そのまんまの意味よ。ここはもうあなたが帰ってくる場所じゃないの。これ持って、出てって頂戴」

 そう言って、再度“彼”を追い返そうとする。


 すると、根負けしたのか“彼”は諦めの表情をする。

「わかったよ、もうここには来ないよ。けど、それだけは俺に渡してくれ。俺には大事なものなんだ」

 そう言って、そっと手を差し伸べる。どうやら、諦めてくれたようだ。


「今、チェーン外すから待ってて」

「おう」

“彼”の言葉を信じ、一旦扉を閉め、チェーンロックを解除した次の瞬間だった。

 私が再度扉を開けようとする前に、勢いよく扉が開かれた。

「んなわけねぇだろ!さっきから調子乗りやがって!何が『あなたが帰ってくる場所じゃないの』だ!!」

 そう言って“彼”は乱暴に私の手首を掴む。

「痛っ……!」

 力一杯に手首を握られ、思わず悲痛の声が出る。



 ───あぁ、簡単に信用なんてするんじゃなかった。


 尚更、どうして“彼”を好きになったのか分からなくなった。

 そんな事を思いながら、“彼”から目をそらそうと、リビングの方を見る。



 するとそこには、虚ろな目のしおりちゃんが立っていた。

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