第47話 闇二飲み込まレ“黒く”染マる

 ───ネェ、その男の人はダレ?


 ドス黒い感情が私を飲み込む。

 一歩、また一歩と詩織さんと男の人の元に近づく。

「しおりちゃん、起こしちゃってゴメンね?この人はなんでも無いの!」

 詩織さんはそう言って私に、近づいちゃダメと手でジェスチャーをする。

 その一方で、男の人はニヤニヤと詩織さんをゲスな目でジロジロと舐めるように見る。

「おいおい、なんでも無いは酷くねぇか?昨日まで一緒にいたのにヨォ」

「私の事重いとか言って出ていったじゃ無い!なんで戻ってきたのよ!!」

 そう言って男の人に激昂する詩織さん。そして詩織さんの足元には、さっきまでリビングにあった袋だった。という、事は……この人が詩織さんが言っていた“彼”?あの“タバコの人”?

「そりゃ、やっぱり俺がいないと詩織は寂しがるって思ってナァ」

「そんなわけないでしょ……」

 益々ゲスな笑みを浮かべる“タバコの人”と、嫌悪感を隠そうとしない詩織さん。


 ───おネエさんかラ、ハナれテ。

 黒くなる。どんどん自分が黒くなる。自分が自分で無くなる気がしたけれど、不思議と初めての感覚では無かった。


「……ところであそこにいるガキは誰だ。“しおりちゃん”って叫んでたけど」

 私の事を指差しながら、詩織さんに顔を近づける“タバコの人”。私の詩織さんにチロチロと舌を近づける“タバコの人”。


 ───ユルサナイ。

 詩織さんは嫌がる表情をしながらも、私に大丈夫と呼びかけてくれた。けれど、もう止まれなかった。

「……おねえさんから離れて」

「お?なんだ、構って欲しいのか?」

「おねえさんから離れて!!私のおねえさんから!今すぐに!!」

 私はそう言って、“タバコの人”に詰め寄った。

「しおりちゃん、落ち着いて……!私は大丈夫だから!」

「詩織はちょっと黙ってろ」

「んんん……!!!」

 乱暴に手で口を塞がれた詩織さんの目には、涙が浮かんでいた。


 それを見た瞬間、糸が切れた音がした。それと同時に喉が震えた。

「あぁぁぁぁっ!!!」

 自分でも信じられない大声を上げると共に、“タバコの人”の手に思いっきり噛み付いた。

「っっっってぇぇぇぇ!!何すんだこのガキ!!!」

「うあっ……!ぁぁぁ……!!ああ……っ!!!」

 手を払うと同時に私を壁に打ち付ける“タバコの人”。私はせめてもの抵抗で、足を勢いよく上にあげた。

 足の甲には不快な柔らかい感触。昨日も味わった、不快な感触。

「うグァ……ッ」

 自らの股間を押さえ込みながら、目の前で男性が倒れこむ。


 ───マダ。マダ、タリナイ。

 ドス黒い感情が私にそう語りかけてくる。

 我慢する感覚が鈍くなってしまった私には、この感情を止める術は無く、立ち上がれない目の前の敵をひたすら排除しようと、何度も蹴りを続ける。

 蹴りたくない、そう願っても“黒い私”は止まらない。


 あぁ、もう私はダメだ。そう思った矢先の事だった。


「しおりちゃん!もうやめてっっ!!もう十分だから!!」

 詩織さんに強く、ものすごく強く、抱きしめられるのだった。



“黒い私”の意識が消えていく。次第に私に戻っていく。そして込み上がってきた感情は、詩織さんをまた泣かせてしまった後悔と、何にもならない虚しさだった。

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