第42話 “無意識”と“先生”

 ───ビクッ。

 しおりちゃんの体に身を任せて心を溶かしていると、突然極小の振動が私を襲った。

「……しおりちゃん?」

 私は溶かしてた心を呼び戻し、振動元、及び、私が寄り掛かっている事に気がついたであろうしおりちゃんの名前を呼んでみる。

 陽気から目覚めたばかりだからか、そうも頭はぼんやりとし、目も上手く開かない。なんとか精一杯目を開いてみると、キョトンとした表情のしおりちゃんがいた。


「えっと……どうかしましたか……?」

 ちょっと困り笑顔で私の様子を伺うしおりちゃん。そんなしおりちゃんが愛おしく、それでいて、その子にこうやって甘えてる私に虚しく思えた。


 何がしおりちゃんの憧れだろうか。

 こんな甘えん坊がしおりちゃんの憧れなんかになれるはずがない。


 昔の自分は何を夢見たのだろう。

 みんなが憧れるような人だろうか。それとも他の人とは違う事をやりたかったのだろうか。

 いや、違うか。“先生”に憧れて真似したんだったわね。


 こんな事を考えていたからだろう。

「んー……ちょっと、昔の事を思い出してねぇ……」

 と、私の口が意図せずに勝手に動く。


 目はいつのまにか閉じていた。いつ閉じたのかもわからない。さっきしおりちゃんと目があった気がしたがそれ以降はどうだったろうか。気づけば、またしおりちゃんの肩に意識が吸い込まれていくようだった。



 それでも意識はまだ残されており

「おねえさんの昔のこと?」

 と、しおりちゃんが私に問いかけてくる言葉ははっきりと聞こえる。

 そう、しおりちゃんの肩に吸い込まれて、溶け込みそうな意識だけれども、全てでは無い。


 とは言え、口を制御できるほどの意識は残っておらず

「うん……”先生“の家に住んでいた時の……ね」

 口が勝手に私の事を話し始める。


 どんなに足掻いても、体は動かす事は出来ず、ただ私の”無意識“が思うままを受け入れるしかなかった。

 すると、しおりちゃんは突然こんな事を聞いてきた。

「“先生”って……誰ですか?」

 そしてしおりちゃんの声のトーンが重くなった気がした。きっと、気のせいでは無いだろう。


 しおりちゃんは感情を隠しきれて無いから。そんな素直さが、しおりちゃんの良さでもあるのだけれど。


 そんなしおりちゃんの質問に私の”無意識“がなんと答えたのかと言えば

「んー……?“先生”は“先生”だよぉ……?私を育ててくれた、大切な人」

 というものだった。


 嘘では無い。

 確かにその通りだ。“先生”は私にとって大切な人だ。


 けれど、今はそれをしおりちゃんに伝えるつもりは無かった。

 もっと来るべき時が来たら“先生”の事を紹介したかった。もっと、しおりちゃんの事を知ってから、慎重に……。

 しかし、幸か不幸か、私の“無意識”はそれ以上の事をしおりちゃんには言わなかった。それ以上は言って欲しく無かった。


 ちゃんと私の口で伝えたいから。私のことは私でケリをつけないと。“無意識”なんかに任せたくなかった。


“先生”だったらこんな悩みをしないんだろうなぁ。

 ふと“先生”の顔が過ぎる。優しい笑顔を浮かべる、綺麗な女性の顔。私を我が子のように育ててくれた、素敵な女性。それが“先生”。


 私にはまだそんな事出来ない。自分の自己満足でしおりちゃんを拾った私には、到底……。



「んんぅ……しおりちゃん、ごめんね……私はまだ、“先生”みたいにはなれないよ……」

 気づけばまた“無意識”が私の思っている言葉を口にする。


 あぁ……ダメだ。このままだと全部吐き出してしまいそうだ。

 幸いにして、背中に当たる陽の光は程よい温もりで私の心を陽気にさせてくれる。

 このまま、一旦寝てしまおう……。しおりちゃんと一緒に寝てしまおう……。



 ───全部夢だと、思わせてしまおう。


 小さい悲鳴と共に、私としおりちゃんはベッドに倒れこんだ。夢の世界へと誘うような、柔らかい毛布に包まれて。

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