第43話 在りし日の“お父さんとお母さん”
「私、なんのためにこんなに頑張ってるんだっけ」
───凍てつくような寒さだった一年前のこんな時期、大勢の人が私たちを見守る中でふと、思ったのだ。私が走る意味ってなんだろう、と。
その時は大会の真っ只中。中学最後の陸上大会。全国出場を掛けた大事な大会の最中で、ゴールまで残り数百メートルだというのにふと、そんな事を考えてしまった。
どうしてそんな事をよりにもよって大事な時に気にし出したのかは、分からない。
もしかしたら“私”が私に『目を覚まして』と呼び掛けたのかもしれない。このまま一位になっても、虚しいだけだと。
私は別にプロになりたいわけでもなければ、高校で陸上を続けるかもその時は決めかねていた。そんな私がこのまま、県大会行っても一体何になるのだろうか。
走りながら観客席を見渡す。目には自信があったけれどもそれがこんな時に役に立つとは思ってなかった。
「……やっぱり、いるわけ無いよね」
何度自分の中学のブースを見ても“あの人たち”は見つけられなかった。いや、この時はまだ“お父さんとお母さん”だった。
もしかしたら、と念には念をと、他の学校のブースにも注意を向けたけれど、結局見つからなかった。
それと同時に、誰も私のことを応援してる人なんていないことも知った。自分の中学のブースにいる生徒のほとんどはスマホをいじったり、友達と話したりして、一向に私を見ようとはしない。
「なんのために走ってるんだっけ……」
そう呟くと、私は自然と走る速度を少しだけ緩めていた。
我慢することは苦じゃなかった。小さい頃から慣れ親しんだ感覚だったから。この感覚が“お父さんとお母さん”との繋がりだと信じていたから。だから、どんなに辛くてもキツくても練習についていけたし、目眩がして倒れそうになっても耐えきることができた。
言ってしまえば、苦しみがあっても耐えられる私には、長距離陸上は向いていたのかもしれない。
けれど、その時だけは……この苦しみから逃れたいと思ってしまった。いつまでたっても収まらない苦しみから、少しだけ逃れたいと。
その結果、すぐ後ろに走っていた二人組に追い抜かされた。
しまった!そう思った私はすぐに速度を戻したが、時は既に遅く結局三位でゴールする事になった。
「おい!!どうして最後走る速度を落としたんだ!もっと頑張れただろ!」
ヘロヘロになって冷たい芝生に倒れこむ私に、顧問の先生が唾を撒き散らしながら叱ってくる。
一位や二位でゴールした選手や、私より後から入ってきた選手は『よく頑張った!』や『三年間お疲れ様』と激励を貰っているというのに、どうして私はこんなに怒られなければならないのだろう。
「聞いてんのか!?おい!水沢!!お前のせいで俺の計画が潰れただろうが!」
薄れる記憶の中で、私の名前を呼んで罵倒してくる顧問の先生。
あれ?私って……なんのために、走ってたんだっけ?
そこからの記憶はあまり覚えてない。どうやって家に帰ったのかも。ただ唯一覚えてるのは県大会で三位になった事を言っても何の関心も持たれなかった事。
そして“私”が『もういいんじゃない』と私に囁いてきた事。
───どうしてこんな事を思い出したかは分からない。
きっと、何か意味があるのかもしれないし、無いかもしれない。
それでも私は一つだけ分かった事があった。
詩織さんに拾ってもらえてよかった、と。
自分を全部出す事はまだできないけれど、詩織さんならきっと受け止めてくれるだろう。我慢しなくても済むのだろう。無関心になる事もきっと無いのだろう。
これは全部、“私”のお陰だ。昨日、私に踏ん切りをつけさせてくれなければ、きっと落ち着いて思い出を見ることなんて無かったのだから。
───これからは詩織さんとの思い出を詰めていこうね。
そう心の中で呟くと、私は詩織さんを求めるように、強く抱きしめながら、更に深い眠りへと落ちていった。
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