第40話 愛を求めて、心を溶かす
「おまたせ、しおりちゃ……ん?」
皿洗いを終えると、キッチンやリビングのどこにもしおりちゃんが見当たらなかった。
もしかして、私が余計なことをしてしまったばっかりに嫌気が差して出て行っちゃった!?
とっさに玄関の方へ駆け出して靴を確認しに行ったが、しおりちゃんが昨日履いていたローファーがまだ残っていた。
「よかったぁ……」
家の中にしおりちゃんがいる事に安堵しながら、私はしおりちゃんの靴を拾い上げる。
何年も使い古しているかのように、ボロボロで色褪せてしまっているローファー。靴底のゴムも全くもって意味を成していない程薄かった。
「……靴も買ってあげないとね」
彼女の体を洗っていた時に、足の裏に無数の切り傷があったのを思い出した。普通にしてても痛いはずなのに、しおりちゃんはそんな仕草を一度も見せてこなかった。
きっとそれがしおりちゃんにとっての普通なのだろうが、そんな彼女の環境が如何に劣悪だったかを改めて思い知らされた。
それと同時に、如何に私が恵まれていたかも同時に思い知らされた。
物心ついた時から“先生”に不自由無く育てられた私が、如何に恵まれていたかを。
『詩織ちゃんは将来どんな大人になるんだろうねぇ〜』
私が幼かった時、“先生”が私に突然微笑みながら聞いてきた思い出がふと蘇る。
あの時の私は一体なんて言ったのだろう。しおりちゃんの靴を綺麗に磨きながら考える。しかし考えど考えど、私が何を言ったのかは思い出せない。
その代わりに“先生”が次に言った言葉がまた蘇る。
『きっと、素敵な女性になるのでしょうね。一人一人に親身になって寄り添えるような、そんな女性に』
その言葉に私はなんと返したのだろう。
私なんかじゃ無理と言って、拒絶したのだろうか。
そうなれるように頑張るねと言って、希望に満ち溢れた目をしていたのだろうか。
なんと返したのだろうか。それだけは、思い出せなかった。
「玄関じゃないとすると、寝室かな?」
磨き終わったローファーを玄関の隅っこに優しく置くと、そのまま立ち上がり寝室へと向かった。
途中、リビングを通り“彼”のものでパンパンになっているポリ袋をベランダへと移した。しおりちゃんの目に、これ以上“彼”のものを視界に入れたくなかった。
そして、開けっ放しになっていた寝室を覗いてみれば、ベッドにちょこんと座りながら考え込んでいるしおりちゃんの姿があった。
私はしおりちゃんの邪魔をしないようにゆっくりと隣に座り、そのまま彼女に寄り添った。
寄り添いたかった。私が今できるのはこれくらいだけだと、自分に言い聞かせながら。
窓から入り込む温かい日差しに背中を預け、私はしおりちゃんの肩に溶けていく。
依然として、しおりちゃんは考え込んで私に気づく気配は無かったけれども、今はそれでも良かった。
しおりちゃんは私を凄い人だと言ってくれたけど、実際の私はそんなんじゃない。
愛が欲しいから愛を与えるようになった、ただの甘えたがりだ……。
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