第38話 無味とお節介
いつからか、私は食べ物の味が分からなくなっていた。気付いた時には味がぼんやりとしてきて、最終的にはほぼ全くと言っていいほど、味の感覚が無くなった。
病院には行ったけれども、体には何の異常も無かった。それと同時に医者からは
『心因的なものだろうね』
と言われた。
心因性ストレス。
私の舌がおかしくなったのはそれが原因だと告げられたのだ。
一体何を言っているのだろうと思い、一向に信じる気にはなれなかった。体がおかしくなるほどのストレスなんてないのだから。
“彼ら”にストレスなんて感じるはず、ないのだから……。
「ごちそうさまでした」
「ご、ごちそうさまでした……」
私が手を合わせると同時に、しおりちゃんも手を合わせて食事を終えた。
しおりちゃん自身が作った野菜炒めを美味しそうに食べる彼女の姿に刺激され、追加で卵スープを作ってしまったが味付けは上手くいったのだろうか、と少し不安になった。
レシピ通りに作った今朝の照り焼きチキンとは違って、アドリブで作ったものだった為、不安でたまらなかった。
それでも作るのを止めなかったのは、しおりちゃんが美味しそうに食べる姿をもっとみたかったから。
しおりちゃんが喜ぶのならどんな事でも私はする。
あまり食欲は無かったけれども、しおりちゃんが作ったものだったらどんなものでもいっぱい食べたくなった。味は以前の様に分からないままだったけど、しおりちゃんが美味しそうにして食べる姿を見ていると、不思議と美味しさが口の中に広がっていく様だった。
願わくば、しおりちゃんの料理をキチンと味わってみたいものだ……。
そう……一時だけでも……。
そんな事を考えながら、私は皿を洗い場に下げ始めた。
「ごめんなさい、結局追加を作らせてしまって……」
私の後に続く様にしおりちゃんが洗い場にお皿を持ってくると、また恒例の様に謝られた。
しおりちゃんの視線の先にはコンロの上の鍋。卵スープが入っている鍋。
きっと、余計な事をしてしまったのだろう。また求められていない事を勝手にやってしまった。
『誰も弁当作ってくれなんて言ってないだろ!』
昨日、“彼”が残していった言葉がフラッシュバックする。
「気にしなくていいの〜。あれは私が作りたくなったから作ったの。しおりちゃんが
謝ることなんて無いのよ?」
私は泣きたくなる気持ちを必死に抑えながら、しおりちゃんの頭を撫でた。まるで自分の頭を撫でるように。
しおりちゃんは何かポツリと呟きながら左手首を抑えて固まってしまった。
私はただその様子を見守ることしか出来なかった。
どんな言葉をかけていいか分からなかった。
また余計な事をしそうだったから。
余計な事をしてしおりちゃんをこれ以上落ち込ませたくなかったから。
そして何より、しおりちゃんがこれ以上に落ち込む姿を見たくなかったから。
声を掛けられない理由を羅列していくと、如何に自分が無力で臆病か自覚させられてしまう。
───ねぇ“先生”?“先生”はどんな気持ちで私を育ててくれたの?
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