第35話 愛情なんて私には分からないけれども
「うん、良くできてるじゃない!美味しいよ?」
「そうですか……お口に合うのでしたら、良かったです」
美味しそうに私が作った料理を次々に口に運んでいく詩織さんに、思わず顔が綻びそうだった。
「ほら、しおりちゃんも立って見てないで、席について一緒に食べよ?料理冷めちゃうわ」
私がジーーッと食べる様を見ていると、どこか不満そうに私に座るように言ってきた詩織さん。詩織さんの食べる姿が綺麗で、思わず食い入って見てしまっていたようだった。
「すいません、すぐに座ります!」
私はすぐさま謝りながら席に座り、手元にあった箸を持った。
「うんうん。やっぱ一緒に食べないと美味しくないよね。さ、しおりちゃんも食べてみて?」
「あっ、はい……それじゃあ、一口……」
詩織さんに言われるがまま私は皿に盛り付けてある野菜炒めに箸を伸ばし、そのまま口に運んだ。
「お味のほどは、どう?」
「……美味しいです!冷蔵庫にあったハーブバター、凄いですね!」
口に広がる爽やかなバターの香りが鼻にまで伝わり、幸せな気分に包まれてた。普段とは全く同じ調理手順なのにハーブバターを加えるだけでここまで変わるものなのかと、驚きを隠せなかった。
しかし、詩織さんは私の感動とは裏腹にどこか意味ありげな表情をしていた。何か間違った事を言ったのだろうか、と考えていると
「美味しいのは間違って無いけど、ちょっと違うわよ?凄いのはバターじゃなくてしおりちゃんよ?」
と詩織さんが私に言ってきた。
「え??どういう事ですか……?」
私が凄いわけが無い。
瞬時に私は詩織さんの言葉を心の中で否定した。けれど、それを口にすることは出来なかった。
詩織さんをこれ以上困らせたく無かった。その為に私は言葉を飲み込んだのだ。
決して自分に嘘をついているわけでも、詩織さんが口々に言うような不幸になろうとしているわけでも無い。ただ、詩織さんの負担になりたく無いだけだ。……拾ってもらって、何を今更と思われるかもしれないけれど。
私がそんな事を考えているとは知らないであろう詩織さんだけれども、まるで私の心を見透かしたかのようにこんな事を言う。
「誰かを思って愛情を込めた料理だから、凄いの。分かった?」
愛情を込めたなんて一言も言って無ければ、愛情を込めていたのすらも怪しかった。
料理の最中はひたすらに詩織さんの事ばかり考えていた。愛情云々を考える余裕はその時の私には無かった。
そもそも愛情が何なのか、私には分からない。何かを愛おしく思う感情、だと言うことは知っているけれども、その感覚は未だ味わった事が無い。仮に味わっていたとしても、その感覚は覚えていない。
けれどもし……もし、私が詩織さんに対するこの想いが愛情だと言うのなら───
私は気づけば、どこか納得していた。気持ちは落ち着き、自分を否定する私もいない。そんな状態で私は箸を一旦テーブルに置いた。
そして自分の気持ちを伝える。
「だとしたら、尚更私じゃ無いですよ」
「あら、どうして?」
いつもの優しい表情で私の次の言葉を促す詩織さん。それに従うように私は言葉を続ける。
言葉を吐き出す時、気持ちは依然として落ち着いていた。けれど口にしてみると、そう言うわけにもいかず
「だって、おねえさんの事考えて作ったらこんなに美味しく作れたんです!だから、凄いのはおねえさんです!私なんかじゃ無い……!」
感情的になってしまった。そのつもりも無ければ、言葉を発し終わった今はすっかり落ち着いていると言うのに。
どうにも詩織さんの事で話そうとすると、無意識に感情的になってしまうようだった。
自分の感情なのに、自分で制御出来ない。これが堪らなく嫌になった。
自分の事を見てこなかったのだから、出来なくて当たり前なのに、私はそれすらも許せなかった。特に、詩織さんに対して不意に感情的になるのだけは抑えたかった。
そんな事を考えていると、詩織さんは私にある提案をしてきたのだった。
「……なら、お互いに凄いって事でどう?私はしおりちゃんが凄いと思って、しおりちゃんは私を凄いと思う。これでどう?」
と。
正直言っている意味は良く分からなかった。詩織さんが私を凄いと思う理由なんて無いはずなのに。
そうは思いながらも、詩織さんの提案を私が断るはずも無く
「……おねえさんがそれでいいなら」
「なら決まりね!」
こうやって、謎の提案が通りその場は解決された。
結局、この提案が何の意味があったのかは分からなかったが、詩織さんが笑顔でいるならそれでもいいと思えた。
私がこのまま、詩織さんの側にいれるのなら、それで───。
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