第34話 謝らない君に気持ちは昂り、料理を出す君に心を踊らす


 しおりちゃんが料理をする姿を一目だけでも見たい。その思いだけで私は必死に“彼”が残していったものを整理していた。

 何で“彼”なんかの為にこんな事をしてるのだろうと思う時もあったが、しおりちゃんが今後この家で快適に過ごす為だと考えたら、自然と体が動いていた。

 家の至る所で見つかる“彼”が過ごしていた跡。私はそれを綺麗さっぱり無くしていく。跡形も無く消していく。そして最後に自身のスマホに残されていた、“彼”との思い出の写真を綺麗さっぱり削除した。

 唯一残したのは、連絡先だけ……。それも時期に消えるのだろう。今はまだ完璧に消すことができない。

 どこかまだ私の元の戻って来ると期待してるのだろうか。ここまで徹底して、“彼”のものを家から排除しようとしているのに。今の私にはしおりちゃんがいるのに。


 私は私が分からなかった。


 少々自分への信頼感が薄くなりながらも、掃除を終わらせリビングへと戻るとキッチンから芳しい香りが漂ってきた。そしてその匂いは直近で嗅いだ匂いでもあった。

「おっ、いい匂い。もしかして、ハーブバター使った?」

「あっ……はい。その、気になってしまってつい……ごめんなさい」

 私が声を掛けると、しおりちゃんはかしこまったように謝りだした。

「どうして謝るの?」

 そんな簡単には謝り癖は直らないか、と思いながらも私はしおりちゃんに謝る理由を聞いてみることにした。今の私にはそれくらいしか出来なかった。

 彼女から返ってきた答えは

「だって勝手に貴重なの使ってしまったので……」

 であった。


 あぁ……なるほどね、と私はすぐに納得出来てしまった。自分にも経験のあったことだったからだ。

 かつての私が“先生”の為にコッソリとクッキーを作ろうとした時の事を思い出す。今思えば、決して危ない調理器具を使っていたわけでも無いのに、作っている最中に“先生”に見つかった時は咄嗟に謝ってしまった時の事を。

 あの時の“先生”は驚きはしたが、怒りはしなかった。むしろ、あれやこれやとアドバイスまでくれた。

 今の私がそこまで出来るかと言われたら、きっと出来ない。“先生”ほどのおおらかさは私には無いから。

 それでもしおりちゃんに掛ける言葉は知っていた。“先生”からその時に言われた言葉だ。私はそれを少しアレンジして、しおりちゃんに言うのだった。

「それだったら始めに『これは使っちゃダメ』って言うわ」

 私のこの言葉を聞くと、安心したように顔を緩めるしおりちゃん。

「なら、よかったです……」

「それにしおりちゃんはハーブバターを使って作りたかったのでしょう?謝ることなんてないわよ」

 私は更に言葉を続ける。今度は“先生”の言葉のアレンジでは無く、私の言葉として。

 その甲斐があったのか、しおりちゃんから聞きたかった言葉をようやく聞くことができた。

「おねえさん……あ、ありがとう……」

「うん。どういたしまして」

 私は昂ぶる気持ちを抑えながら、平然であるように振る舞った。

 ほんとは今すぐにでも抱きしめたかった。抱きしめて頭を撫でて褒めてあげたかった。


 けれど、私はそれをしなかった。

 私がしおりちゃんに甘やかし過ぎてしまうと分かったから。甘やかし過ぎてはしおりちゃんの為にはならないと、心のどこかで分かっていたから。


 もちろん、しおりちゃんが過ごしてきた環境は十分に理解しているつもりだ。だからこそ、私がしっかりしなきゃと、さっきの灰皿の時に思い知らされた。

 とは言え、やっぱり甘やかしたい気持ちは変わりは無かった。


 そんなどこか矛盾点のありそうな感情を抱えながら

「さ、料理が冷めないうちに食べちゃいましょ!早くしおりちゃんの料理が食べたいわ」

 私は一足先に食卓へとついた。


 私の目の前に運ばれて来るしおりちゃんの料理に心を踊らせながら。

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