第33話 芳しい香りに包まれた私の初めて
さっきまでの悩んでいた時とは打って変わって、スムーズに体が動き、考える間も無く次の動作をして調理をしていた。
とは言っても私に出来るのは野菜や肉を炒める事くらい。他の調理法なんて知らない。それでも詩織さんに私の作ったものを食べてもらいたい一心で料理を続けた。
そしてあっという間に料理が完成した。本当に簡単なものだ。
キャベツやニンジン、鶏肉をそれぞれ適当な大きさに切って火が通るまで炒めただけなのだから。これが今の私に出来る事。
唯一違うのは、ハーブバターを使っている事。果たして詩織さんはどんな反応をするのだろう。
そんな事を考えながら、出来た料理を大きな皿に移しているとタイミングよく詩織さんがリビングへと戻ってきた。
「おっ、いい匂い。もしかして、ハーブバター使った?」
目を閉じ鼻で料理を感じる詩織さん。そしてそれをピタリと当てる。
詩織さんみたいになると、鼻で何を使ったのかも分かるようになるのか。凄いなぁ。
と密かに関心しつつ私は咄嗟に頭を下げる。
「あっ……はい。その、気になってしまってつい……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「だって、勝手に貴重なの使ってしまったので……」
私はそう言うと、冷蔵庫に保存されていたハーブバターの包装を思い出した。
ハーブバターの包装は他の食材とはまるで違ったのだ。───まるで手作りのようだった。
通常のバターとも形や色が違っていた。色は若干緑がかって、ところどころに斑点も見える。形も少し歪だった。───これもまた手作りのようだった。
そんな貴重なものを勝手に使ってしまったのだから、きっと怒られるのだろうと、私は身構えた。
詩織さんがそんな事をする人じゃないと分かっていながらも、そう考えずにはいられなかった。きっと自分自身を信じられてないからなのだろう。そう、結局は私が悪いのだ。
そんな事を考えていると詩織さんはため息をつくように私にこう言った。
「それだったら始めに『これは使っちゃダメ』って言うわ」
と。
「なら、よかったです……」
どうやら怒っている様子ではなさそうだ。少し寂しげではあったけれど……。
しかし詩織さんはすぐさま表情を切り替えて次の言葉を口にする。
「それにしおりちゃんはこれを使って作りたかったのでしょう?謝ることなんてないわよ」
「おねえさん……あ、ありがとう……」
「うん。どういたしまして」
そしてニッコリと笑顔を向けてくれた。
私は今日何度詩織さんの笑顔に救われたのだろうか。
詩織さんの笑顔を見れば気持ちが落ち着き、詩織さんの悲しい顔を見れば胸が苦しくなり、また笑顔を見ればその苦しみはたちまち消える。そしてその度に感情が動かされる。
そして、今もまた動かされる。
「さ、料理が冷めないうちに食べちゃいましょ!早くしおりちゃんの料理食べたいわ」
次も詩織さんに何かしてあげたい。
そう思いながら私はリビングのテーブルに料理を運ぶのだった。───私が初めて自分以外の為に作った料理を。
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