第31話 楽しみに待つあなたの為に
「んー……どうしよう……」
自分からお昼を作ると言い出したものの、私はどうしていいかキッチンに立ちながら悩んでいた。
詩織さんは快く
『そこら辺にあるもの、自由に使っていいからね〜』
と言って再び掃除を再開させて、また忙しなく動き始めた。
「自由にって、見た事ないのばかりで使い方すらも分からないよ、詩織さん……」
キッチンの収納には私が見た事ないような器具が沢山あった。そんなものを扱える知識も技量も勇気も無かった私は大人しく元の場所に戻した。
そして手元に残ったのは、包丁やピーラーなどの何処にでもある料理道具だけであった。
料理は何度もしたことはあった。“あの人たち”が寝ている時を見計らって、こっそりと自分でご飯を作って飢えを凌いでいたから、食べれる程度のものは作れる。
しかし、私にとっての問題はそこでは無かった。
「詩織さん、普段どんなの食べるんだろう……」
詩織さんの口に合うものを私が作れるかどうかが問題だった。
昨日まで私がしてきた料理はあくまで自分の為で、味なんて二の次だった。食べれて飢えが凌げればそれで良かったのだ。
だから、今朝の詩織さんから出された料理はそのままの意味で別物だった。
私のために用意された料理なんて、もう何年も食べていなかったから……。
そんな事を考えていると、ふと今朝残してしまったハーブバターの照り焼きチキンの事を思い出し、冷蔵庫の中を見てみることにした。
行儀が悪い事だと分かっていたが、今すぐにでも食べたくなってしまったのだ。それにやっぱり残しっぱなしも申し訳ないとも思い、冷蔵庫の中を探す。
しかし……
「あれ?無いなぁ」
僅かに残っていたはずの照り焼きチキンがどこにも見当たらなかったのだ。
「捨てちゃったのかなぁ……」
そう言いながら私は冷蔵庫のすぐ横にあったゴミ箱を覗いてみる。しかしゴミ箱にはそれらしきものは見当たらなかった。
そんな時、
「ん?しおりちゃん、どうかしたの?」
ちょうどリビングに戻ってきた詩織さんが背後から話しかけてきた。
「い、いえ!何でもないです!!」
「そう?」
「はい、大丈夫です!」
少し心配気な様子を顔に出す詩織さんに、私はさっきまでゴミ箱を覗き込んでいた事を悟られないよう、必死に何でもないように装った。
それが上手くいったかは分からないが、詩織さんは
「そう、なら良かったわ」
と言って、再び掃除に戻ろうとした。その去り際に
「あ、私の事を気にしないで好きなもの作っていいからね?しおりちゃんが私のために作ってくれるだけで嬉しんだから」
と私にそう伝えてくれた。
その返答に、私は
「……頑張ります」
としか言えなかった。
好きなものなんて、分からなかった。いつも余っている野菜を適当に油で炒めていただけだったから。自分が好きなものなんて、分かるはずも無かった。
だから私はそれを悟らせまいと、精一杯の笑顔を詩織さんに向けた。それしか、今は出来なかった。
そんな私に詩織さんはこう言った。
「うん。楽しみにしてるね」
と。
それだけ言うと、今度こそキッチンから詩織さんが去っていった。
その後ろ姿を見て私は思い出した。詩織さんは私を否定するような人じゃない、と。
すると、突如として気が楽になった。そして自然と食材に手を伸ばしていた。いつものように余り物と思わしき食材を。
しかし、今日はそれ以外のものにも手を伸ばしていた。今朝、何度も嗅いだであろう匂いの元───ハーブバターであった。
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