第30話 少女の思わぬ成長

 台所の流し台の下にある収納からかなり大きめのポリ袋を引っ張り出し、それをリビングの真ん中に広げ、

「とりあえずこれはいらない……これもいらない。ここら辺のも全部いいや」

 “彼”が日常的に使っていたものを、私は片っ端から放り込んでいた。

 しおりちゃんが感情をぶつけていた青い灰皿や、ベットから離れたところに放置されていた“彼”の匂いが染み付いた枕を筆頭に様々なものを放り込んでいく。歯ブラシや茶碗や箸。本やCD。どれも私が彼に頼まれて買ったものだ、仮に“彼”が戻ってきても文句を言われる筋合いは無いだろう。

「もうちょっと、まってね?急いでスッキリさせちゃうから」

 私はそう言って、更に“彼”のものを袋に放り込む。その中には私の身に覚えの無い雑貨もあったが、例外は無かった。

「私のことは大丈夫ですから、ゆっくりでいいですよ」

 黙って見守っていたしおりちゃんはそう言って私に背を向ける。

 私の服を着たしおりちゃんの姿に、私はある事を思い出した。

「しおりちゃん、はいこれ」

「これは……?」

 寝室に置きっ放しにしていた袋を渡すと、しおりちゃんは袋から白い布を取り出しながら不思議そうに私を見つめる。そんな彼女を可愛らしく思いながら、口を開く。

「下着。いつまでもノーパンは嫌でしょ?」

「それは、そうですけど……いいんですか?」

 遠慮しがちにそう言う彼女だったが、どこか嬉しそうにも私には感じられた。

 気のせいで無ければいいなと思いながら私は言葉を続けた。

「もちろん。コンビニの安物で申し訳ないんだけどね」

「いえ……私にはこれでも贅沢すぎるくらいです……」


“私には”。しおりちゃんが発したその言葉に私はまた悲しみを感じてしまった。

 今日明日で簡単に自己意識が変わるとは思っていないが、それでもやはり、早くどうにかしてあげたいと、気持ちが疼いてしまう。

 そして気づけば

「……私が、これから色々教えてあげるから。しおりちゃんが今まで知らなかった事を、ね」

 優しく後ろから抱きしめていた。

 今日何度目かの抱擁。“あの人”にしてもらって昔の私が落ち着いたように、私もしおりちゃんに落ち着いてもらうべく抱擁する。

 ……いや、私が落ち着きたいから抱擁した。ただそうしたいから。


 気持ちが落ち着くにはそう時間はかからなかった。いつまでもしおりちゃんに甘えていては“あの人”には近づけないから。

 名残惜しくはあったが、それでも私はしおりちゃんから離れる。離れる間際、ギリギリまで離れたく無かったのであろうか、私の方に体を寄せてきているのがわかった。

 早く整理を終わらせて、しおりちゃんと距離を縮めよう。そう考えながら口を開いたのだが、

「それじゃあ、そろそろ掃除を」

 再開するね。そう言い切ろうとすると、突如としてお腹が鳴ったのだった。

 それは静かなものだったけれど、確かなものでもあった。

「……お腹空いたんですか?」

「あはは、動き回ってたからかな〜」

 心配そうに聞いてくるしおりちゃんに嘘をつきたくなく、私は笑いながらそう答えた。


 そして掃除を中断してお昼の準備でもするかなと思っていると、しおりちゃんの口から、予想外の言葉が出るのだった。

「あの……私がお昼作ってもいいですか……?」

 と。

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