第28話 怒りと排除、その先にあるものは

 しおりちゃんをベッドに座らせ、その隣に私も座った。

「それで、一体どうしたの?灰皿に……タバコに嫌な思い出でもあるの?」

「……」

 さっきまで、しおりちゃんがしていた理由を聞こうとするも、口を閉ざしてしまい答えてくれなかった。

 思い詰めるようなしおりちゃんの表情を見た私は、追求するのを控えてしまおうかと思ってしまった。

 灰皿をゴミ箱に何度も叩きつけていた時のしおりちゃんは明らかに異常だったからだ。いや、それまでの自己批判的な事も異常ではあるものの、大小の違いはあれ私にも経験した事があった為、何の抵抗なく寄り添えた。

 しかし、今回のはそうとはいかなかった。彼女が何があって、こんな事になっているのか。どうして灰皿に執着していたのか。

 それを知るには、やはり聞くしか無いのだろう。

「教えて?私、しおりちゃんのこともっと知りたいの。しおりちゃんがどんな事に嫌な思いをするのか、今のうちに知っておきたいだけなの。だから……少しだけでもいいから私に教えて?」

 口にすると、胸が締め付けられるような感じがした。しおりちゃんに苦しい事を思い出させようとしてるのだから。

 しかし、言葉にしてしまったものは撤回なんて出来ない。出来るはずが無い。そんな事が出来たら……きっと私はもっと違う生き方が出来てると思う。


 そんな何とも言えぬ焦燥感に駆られていると

「家の……」

 意を決したように、しおりちゃんが口を開きだした。

 私はしおりちゃんが次の言葉を出すのをジッと待った。反復して聴き返したい気持ちをグッと抑え込み、私は黙って次のしおりちゃんの言葉を待つ。

 いつまでだって待とう。しおりちゃんの気持ちが落ち着きまで、いつまでも。

 それが今の私に出来る事だった。


 しおりちゃんが口を開いてからどれくらいが経っただろうか。10秒?30秒?それとも1分、もしくはそれ以上? 時間の感覚は分からなかったが、しおりちゃんが再び口を開いてくれた。

「“あの人たちの家”の匂いがしたから……つい、カッとなって……」

「“あの人たち”って……さっき言ってた両親のこと?」

 途切れ途切れではあったが、おおよその内容が分かった。私の確認に、言葉を出す素振りも無く黙って頷くしおりちゃんの仕草が、より疑惑を確信に近づけてくれた。

「そういうことだったのね」

 しおりちゃんの両親の毒親具合を想像するだけで気が立ち始め、気がつけば手をクッと握って怒りを前面に出してしまっていた。それにしおりちゃんが気づかないはずも無く

「……ごめんなさい」

 と、再び反射的に謝る。

 どうもしおりちゃんの事になると気持ちの制御がうまく出来ない気がした。それがいい事なのか、悪い事なのかは今の私には分からなかった。

 ただ、1つだけハッキリした事があった。

「いや、いいのよ。ありがとうね、教えてくれて。おかげで私も踏ん切りがつけられそうだわ」

「それってどういう」

「彼が置いていったものを、残らず捨てるってこと」

 今の私にはしおりちゃんだけいればいい、という事だ。

 しおりちゃんと私の生活の邪魔になるものは徹底的に排除しよう。そう決めた。

「何もそこまでしなくても……!」

「でも、それじゃあしおりちゃんがいつまでも安心できないじゃない。彼、タバコ吸ってたから至る所に染み付いちゃってるのよ」

「でも……だからって!」

 しおりちゃんは必死に止めてこようとしてくる。

 大丈夫、心配しないで?

「私が許せないのよ。彼の残り香がこれ以上しおりちゃんの鼻に入るのが」

 徹底的に、跡形も無く彼がいた痕跡を消してみせるから。

 だから

「詩織さん……?」

「ちょっと待っててね、直ぐにスッキリさせるから!」

 そんな心配そうな顔をしないで?あなたには……私の大事なしおりちゃんには、笑顔でいて欲しいの。


 本当に……それだけ……。


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