第26話 包帯は赤く滲み、私は借り物の言葉を吐く

「しおりちゃん、手出してみて?」

 私はそう言ってしおりちゃんの血だらけの右手を私の方に引き寄せる。そして、コンビニで買ってきた包帯を左手に引っ掛けていた袋から取り出し、傷ついたしおりちゃんの右手に巻きつける。

 元々はこの為に買ってきたわけでは無かったのだけれど、結果オーライだろう。どちらにせよ、しおりちゃんの為に買ってきた包帯なのだから。

 巻きつけた先から赤く滲んでいく包帯。巻いても巻いても、じんわりと痛々しいほどに赤く染まる。

「おねえさん……。そのさっきのは……」

 痛いはずなのに、その事を表に出す素振りを見せない。それでいて、申し訳なさそうに身を竦めるしおりちゃん。

 我慢してるのか。それとも、痛みをまだ感知してないのだろうか。

 どちらにせよ、平然でいよう。きっと、その方がしおりちゃんは傷つかない。

 そう言い訳しながら、

「いいのよ。大丈夫、気にしてないから」

 私はそうしおりちゃんに伝えた。


 そう、これでいいのだ。

 私はどうなってもいい。しおりちゃんが無事ならそれでいい。しおりちゃんが心穏やかに過ごせるように……。

 いまはまだ、ダメダメだけど、明日にはきっと……。


 そんな事を思いながら僅かながらな感傷に浸っているとしおりちゃんが小さな、それでいてしっかりとした声で私に問いかける。

「……嘘、ですよね?」

 と。

 ハッキリと私の目を見て。さっきまでの肩を竦めていた女の子とは思えないほどのしっかりとした顔立ち。そんな顔で見つめられてしまっては、自分の気持ちを誤魔化すことなんて出来なかった。

 それに

「うん、そう……だね。ごめん、嘘。本当は結構気にしてる」

 しおりちゃんにはやっぱり、嘘はつきたく無いもの……。


 愛らしい女の子という以上に、昔の自分を重ねるのだ。そして、昔の自分には今の私のようにはなって欲しくない。

 何も……自分が持てなくなってしまうから……。

 そんな事を考えているとしおりちゃんがゆっくりと頭を下げる。

「本当に……ごめんなさい」

 そんな光景に私は思わず胸が苦しくなった。

「謝るのは私の方」

「……ぇ?」

「しっかり彼の事を話して無かった私が悪いんだもの」

 私が悪いのに、しおりちゃんが率先して謝ってしまっているこの状況に。

 私がしおりちゃんを拾った理由を、しおりちゃんに聞かれた時にキチンと言わなかった事。

 そしてそんな大事な事を忘れて、しおりちゃんとこれからどう暮らして行こうかと心を躍らせていた事。

 その事を思い出すと胸が苦しくなった。

 するべき事を怠った結果が目の前に広がっているのだから。

 私が悪いのだ。しなければならない事を後回しにした私が悪いのだ。

 それなのに……

「いや、でもそれは私が勝手にこの部屋に入ったから……!私が悪いんです!私が全部悪いんです!!!」

「しおりちゃん!!」

「……!!!」

 どうして、しおりちゃんがこんなに苦しまなければならないのだろう。


 私はただ……しおりちゃんを元気づけようとしてただけなのに……。


「そう簡単に自分を傷つけないで?自分をまずは大事に、幸せにしないと……ね?」

 私はまた借り物の言葉でしおりちゃんに話しかける。借り物でなければ、話しかけられない臆病者だ。きっとこれからも、そうして生きていくのだろう。



 やっぱり私は“先生”みたいになれないのかな───。



 そんな事を思う私の視線の先には皮肉にも、ベッドから放り出された枕があった。

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