第25話 床に飛び散る青く虚しきカケラ
「しおりちゃん、手出してみて?」
私から灰皿を取り上げた詩織さんはそのまま私の右手を優しく包むと、コンビニの袋から包帯を取り出して巻きつける。
真っ白の包帯がじんわりと赤く染まっていく。どうやら、知らぬ間に手を切っていたようだった。何度も灰皿を叩きつける事に必死で、全く気がつかなかった。
そして、今更になって痛みを自覚する。右手が燃えるように熱く痛かった。しかし、それ以上に真剣に私を見つめる詩織さんの視線の方が私にはもっと痛かった。
「おねえさん……。そのさっきのは……」
今度こそ、失望されてしまった。もうダメだ、捨てられる。
そんな思いが私の脳を瞬時に駆け巡る。
体が硬直する。差し出した右手も、指ですらもピクリとも動かない。唯一動くのは目と口。
「いいのよ。大丈夫、気にしてないから」
詩織さんはそう言って、赤くなった包帯の上に更に新しい包帯を巻く。優しく微笑みながらも、真剣な眼差しで。
大丈夫。
詩織さんがそう言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。理由や根拠は無いけど、詩織さんがそう言うのなら。
しかし、妙に心がざわついた。どこかで感じたことのある感じ。つい昨日まで毎日感じていた慣れ親しんだ、心が苦しくなる感じ。
あぁ……なるほど……。
「……嘘、ですよね」
私がいつも感じてたものだ。
自分を騙して誤魔化して、心を殺そうとする昨日まで味わっていた感覚だ。
自分を幸せにしない感覚。そんなものは詩織さんには似合わない。詩織さんには……幸せでいてもらいたい。
だから、詩織さんは……嘘、つかないで?
自分のようにはなって欲しくない一心で、私は詩織さんに問いかけた。
そんな私の思いが通じたのか
「うん、そう……だね。ごめん、嘘。本当は結構気にしてる」
そう言って目を伏せる詩織さん。そして床に散乱している、僅かに欠けた灰皿のカケラの方に目を向ける。
「本当に……ごめんなさい」
改めて自分のやってしまった事を思い知らされる。
けれど受け入れなきゃ……私がやってしまった事なのだから。
たとえ、この家から追い出されても……詩織さんに嫌われても……。
私は心の中で覚悟を決めた。どんな事を言われても受け入れる覚悟を。
しかし、詩織さんから帰ってきた言葉は予想外のものだった。
「謝るのは私の方」
「……ぇ?」
「しっかり彼の事を話して無かった私が悪いんだもの」
「いや、でもそれは私が勝手にこの部屋に入ったからで……!私が悪いんです!私が全部悪いんです!!」
詩織さんの言う“彼”が誰だか分からなかったが、私が悪いに決まっている。きっと私が叩きつけていた灰皿もその“彼”のものだろう。
穏やかな声で詩織さんは話していたけどもきっと内心は怒っているに違いない。そうだ、きっとそうだ。
それとも私には怒る価値すら無いのだろうか。あぁ、きっとそうだ。私なんて、所詮そんな存在だ。
と、自暴自棄になっていると詩織さんが私の右手をギュッと握りしめた。
「しおりちゃん!!」
「……!!!」
「そう簡単に、自分を傷つけないで?自分をまずは大事に、幸せにしないと……ね?」
右手が更に痛むと同時に、胸の奥までもがキュッと締め付けられる感覚がした。
ついつい自分のダメさ加減にうんざりしてしまう。幸せな方を選びなさいと言われたばっかだと言うのに。
そしてそんな自分を気にかけてくれる詩織さんの事が、より一層好きになってしまっているのだった。
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