第22話 先生からの贈り物
「ところで、おねえさん」
「ん?どうしたの?」
あどけない表情で私を見つめて、何かを訴えかけようとしてくるしおりちゃん。
いつでも温かい電気タオルケットに包まる愛らしいしおりちゃんの姿が、より一層際立つ。
そんなしおりちゃんが私に何を聞いてくるのか、楽しみにしていると
「私の制服は……?」
と言葉にする。
「え?もちろん洗ってるわよ?流石に泥だらけだったし」
「……ですよね」
あからさまに残念そうにするしおりちゃん。きっと彼女にとってよほど大事なものだったのだろう。
いくら汚れていたにしても、少々早計だったかも知れない、と私は深く反省した。
それに……
「だから、ゴメンね?勝手に私の服着させちゃって。私のお古で申し訳ないけど……」
いくらしおりちゃんの服が無かったからといって、私なんかの服を着せて良かったのだろうか。
洗濯をしてあるとはいえ、私が昔着ていたものだ。胸のサイズが合わなくなり、タンスの隅っこにしまって、そのまま捨てきれずにいた服。少し前まで、私が気に入っていた服。そして、先生が最後に私にくれた服……。
こんな風に私が不安と思い出の狭間に浸っていると
「おねえさんの服……!」
と感嘆のような声に出すしおりちゃん。それからジーッと、しおりちゃんは服を眺める。
しおりちゃんには大きすぎたオーバーサイズの厚手の長袖シャツ。黒地の布に、ピンクのクマの模様。
先生からこれを渡された時は、非常に困ったのを10年経った今でも覚えている。
どこに着て行くにしても、絶妙に似合わないデザイン。どの服に合わせようとしても、ピンクのクマが邪魔をしてくる。
それでも、この服には不思議と愛着があり着ないという選択肢は無かった。
そして最終的には部屋着という形で落ち着いたのだけれども……徐々に成長していく胸の大きさにこの服では耐えきれなくなり、いつしかタンスの隅にしまうようになってしまっていた。
捨てるという選択肢は無かった。あるはずが、無かった。この服が私にとっての先生から卒業した証明なんだから。
しかし、それはあくまで私の問題だ。しおりちゃんには関係のない話。
「やっぱ、お古はイヤだよね?ゴメンね、今から急いでサイズ合いそうなの近くの服屋さんで買って……」
きっと、新しい服の方がしおりちゃんだっていいはずだ。きっとそうだ。
何に不安になっているのか、この時の自分には分からなかった。
けれど……
「これで大丈夫です……!」
「ほんと……?嘘じゃない……?無理しなくていいのよ?」
「これがいいんです!これじゃなきゃ、ダメなんです!」
しおりちゃんの言葉で少し気持ちが落ち着いた。
「そう言って貰えるのだったら、良かったわ」
しおりちゃんが気持ちを全面に出してくれたことの方が、服の事よりも嬉しかったからだ。
私はしおりちゃんが元気ならそれでいいのだ。
しおりちゃんが幸せになれるのならそれでいい。
しおりちゃんの幸せが私の幸せなのだから。
そんな事を思いながら、気持ちを落ち着かせようと、水を飲みにキッチンへと身を翻した。
その時だった。
「これで少し……詩織さんに近づけた、かな?」
ボソッとしおりちゃんがそんな言葉を口にした。
私に向けた言葉ではなく、しおりちゃんの独り言。
瞬時に理解することは出来ても、脳内までは処理できず、今すぐにでも後ろを振り向いて
『きっとすぐに私を追い抜いちゃうね!』なんて事を言いたいと考える始末。
落ち着こう。聞こえてないフリ、聞こえてないフリ……。私は布切れ、私は布切れ……。
と、とにかくそう自分に暗示をかける事にした。古典的な手ではあるが、これは意外と効くもので、仕事の上司からの愚痴やセクハラもこの作戦で何度もやりすごしている。
私は布切れ、私は布切れ……。布切れ布切れ……。
ひたすらに頭の中で唱え続ける。
そんな時ふとある事を思い出した。とても重要な事を。忘れてはならない事を。
「あぁ、でも下着は……ゴメンね。用意できなかったの。今から急いで買ってくるわね!」
「どおりでスースーすると思いました……」
換えの下着までは用意できなかった事を。
私は大急ぎで財布を持ち、玄関を飛び出し近くのコンビニへと向かうのだった。
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