第21話 詩織さんの香りに包まれて

「ところで、おねえさん」

「ん?どうしたの?」

「私の制服は……?」

 目を覚ましてしばらくした私はふと、服のことを思い出したのだった。浴室に入る時に入口のカゴに入れた私の制服のことを。

 ふと、首を足元を見るように曲げると、私の体にはタオルケットのようなものが覆われているのを確認できた。

 もしかして……とそんな事を思いダメ元で詩織さんに聞いてみた。

 その答えは

「え?もちろん洗ってるわよ?流石に泥だらけだったし」

「……ですよね」

 わかりきっていたものだった。

 私の体を洗って、制服を洗わないはずが無かった。

 冬なのに、タオルケット一枚で寒く感じないことに不思議には感じたが、特に服が無いことには文句は無かった。

 あるはずが無かった。

 食べきれない量の朝ごはんに温かいお風呂。これだけでも私には贅沢なのに、更にこれ以上望むとバチが当たりそうで、怖かった。

 だから、これ以上のものはされなくても十分だと思っていた。してもらっても私には返せるものなんて無いのだから。

 そんな事を考えてると

「だから、ゴメンね?勝手に私の服着させちゃって。私のお古で申し訳ないけど……」

 詩織さんがそんな事を言い出した。


 詩織さんの服? 勝手に着させちゃって……? え? 私、今は裸なんじゃ……。


 私は真相を確かめる為に、すぐさま私を覆ってるタオルケットを捲り起き上がった。

 するとそこには

「おねえさんの服……!」

 詩織さんの服を身に纏う私の体があった。

 あぁ……詩織さんの服だぁ……。


 黒い生地の中心にピンク色のクマのマークが入った、厚手の長袖シャツ。サイズが合わず、ブカブカで袖を捲らないと手を出せない、私には大き過ぎるシャツ。

 それからは、洋服からの温もり以上の温かさを感じた。体で感じる表面的な温かさでは無く、心にまで染み渡るような温かさ。


 あぁ……詩織さんからは、色んなものを貰ってばかりだなぁ……。

 心が穏やかになると共に自分の無力さも今まで以上に露わになる。


 私も詩織さんに何かしてあげたい……。

 返さなきゃと言う義務感では無く、恩返しがしたいと言う私の我儘。

 きっと、詩織さんはお返しして欲しくて動いてない。まだ、一緒に過ごした時間は数時間程度だけど、それだけでも十分に分かった。

“あの人たち”じゃ無いって。“あの人たち”みたいに、見返り欲しさに私を育てたりしないって。

 と、こんな風に詩織さんと“あの人たち”を比較していると

 いや、そもそも……“あの人たち”から育てられた事なんて、あったのだろうか。

 ふと、そんな言葉が頭を過る。


 すると

『あるわけ、無いよね?』

 突然、もう一人の私が脳内でそう言い放ってくる。脳に響き渡り、反響する。

 そうだ。私は、きっと詩織さんに会うためにここまで一人で生きてきたんだ。

 そして、きっとこれからも……!!


 いつの間にか、もう一人の私はまた心の憶測に引っ込んでいた。引っ込んでもなお、私は一人詩織さんの事を考えていた。

「やっぱ、お古はイヤだよね?ゴメンね、今から急いでサイズ合いそうなの近くの服屋さんで買って……」

 私を不安げな表情で見つめる詩織さん。

 お古がイヤ?そんなわけない。

「これで大丈夫です……!」

 むしろこれだからいいのだ。

「ほんと.......?嘘じゃない……?無理しなくていいのよ?」

「これがいいんです!これじゃなきゃ、ダメなんです!」

 詩織さんが使い古したこれだから、いいのだ!

「そう言って貰えるのだったら、良かったわ」

 言葉を放ちながら、どこかホッとした様子の詩織さん。

 どうやら、詩織さんは私が拒絶してしまうと思っていたのだろうか。

 もう、そんな事するつもりは、無いのに。

 でも、これで……。

「これで少し……詩織さんに近づけた、かな?」

 詩織さんに聞こえないように、袖で口元を覆いながらぽそりと呟く。

 それと同時に、幸せな香りが鼻の中に入ってきた。詩織さんが昔、身に纏っていた事を感じさせる、幸せな香りが。


 そんな事を密かにしていると、くるりと詩織さんが私の方に振り返り、私にこう伝えてくれた。

「あぁ、でも下着は……ゴメンね。用意できなかったの。今から急いで買ってくるわね!」

「どおりでスースーすると思いました……」

 詩織さんと同じ下着を身につけてみたかったけれども、それは叶わない夢となった。

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