第14話 かすかに芽生える邪な私
「それじゃあ、しおりちゃん。ここに座って?」
先程まで脱衣所で泣きじゃくっていたしおりちゃんを落ち着かせた私は、しおりちゃんと共に浴室へと入った。理由はもちろん、一緒にお風呂に入る為。
今までは一人で入ることが多かった浴室なのに、今は二人でいる。これがなんとも新鮮だった。
どこか、イケナイことをしているような感覚が湧いてきてる気がした。不思議な感覚だった。
昨日まで、“彼”と一緒に暮らしてきて何度か一緒にお風呂に入ったことはあった。その時はこんなに胸が高鳴ったことは無かった。
もしかしたら、湯船に浸かってる時に突然お風呂場に入ってくる“彼”に驚いて、こんな感覚になる余裕が無かっただけかもしれないけれども。
それにしてもこの感覚は何なのだろう。本当に、不思議だ。
そんなことを考えていると、私お気に入りのピンク色の椅子にしおりちゃんがちょこんと不安げに座る。
「こう、ですか?」
私を正面に見据えて、キョトンと顔をするしおりちゃんは可愛かった。抱きしめたかった。愛おしくてたまらなかった。
もっとこの様子を見ていたい、その気持ちが湧き上がるも
「ふふっ、私を見たって仕方ないじゃない。鏡の方を向いて座るのよ」
今は体を洗って綺麗にしてあげないと、という使命感が何とか私を律してくれた。
逆に言えば、その使命感が無かったら私は何をしていたのだろうか。そう考えると、少し自分が怖くなった。
「えっ……あっ、すいません……」
顔を赤くしながら、いそいそと体を反転させるしおりちゃん。これもまた可愛く、私の心を掻き乱す。
そんな内心を表に出さないよう、私は心の帯をピシッと締めた。
「いい?よく鏡の方を見ておくのよ?」
今は……今だけでもしおりちゃんが憧れる“ 私”でいなきゃ!
「鏡を……ですか?」
「そうよ。今から自分が素敵になっていく様子をよく見ておくの」
少し頬を膨らませ、不満げな表情を鏡越しで見せるしおりちゃんに、私はちゃんと鏡で自分を見ておくことを伝えた。
どことなくしおりちゃんが自分を見れていない気がしたからだ。
しおりちゃんは昔の私と似ている。寝ている姿や食事、そして脱衣所での様子で何となく分かった。
だからこそ、自分の事が嫌いだった私の仕草を思い出した。鏡を見るのが嫌いだったと言うことを。
余計なことかもしれないと知りながらも、どうにかしてあげたいと思ってしまった。自分が嫌いでいい事なんて、一つも無い事を私は知っているから。
初めはキョトンとしている様子のしおりちゃんだったが、やがて私の言っていることを理解してくれたのだろう。
「私が、綺麗に……」
ジッと鏡に映る自分を真剣に見つめ始めたしおりちゃん。
その姿に先程まで抱いていた邪な感覚が湧くはずもなく、
「よろしく……お願いします……」
彼女がポツリと決心する姿を、私はただただ静かに見つめていたのだった。
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