第8話 昂ぶる心を抑えながら

「はい、これしおりちゃんの分ね」

「あの……お姉さん、この量は」

 私がそう言ってしおりちゃんの目の前に料理とトーストを置くと、彼女は驚きの表情を浮かべながら私に訴えかける。

「あっ、少なかった?ゴメンね、足りなかったら大急ぎで追加作るから遠慮なく言ってね」

 彼女がなぜ驚きの表情を浮かべているのか、分かっていながらも私はあえて分からないフリをした。彼女が驚き困惑する姿を少しだけ、ほんの少しだけ見たかったからだ。

「違います、むしろ逆です!私こんなに頂けません!」

 案の定、しおりちゃんは私の思った通りの反応をしてくれた。

 だが、決してしおりちゃんに意地悪がしたくて彼女に料理をこんもり盛ったお皿を出した訳では無い。

「ついつい、張り切りすぎちゃったかしら」

 しおりちゃんにお腹いっぱい食べてもらいたいのだ。しおりちゃんに満足してもらいたいのだ。

 ただそれだけだ。


 全身がやせ細った彼女の体つきを見てしまった私は、いてもたってもいられなかったのだ。ただそれだけだ。本当に、ただそれだけなのだ。

 今の私はしおりちゃんの為なら、どんなこともする覚悟だ。最終的にしおりちゃんが幸せそうな顔を見せてくれればそれでいいのだ。

「……それに、お姉さんのはトーストだけじゃないですか。私よりもお姉さんが沢山食べるべきなんじゃ……」

 たとえ、自分の食事を疎かにしてでも、ね。

「私の分はあれだけでいいのよ。しおりちゃんが美味しそうに満足するまで食べる姿が見れれば、ね?」

 私はそう言って、しおりちゃんをじっと見つめた。


 困ったように交互に私と目の前の料理を眺めるしおりちゃんの姿はなんとも愛くるしかった。

 そんな彼女がどんな食べっぷりを見せてくれるのか、気づけば私の心は高鳴っていた。

「というわけで、ね?食べよ?」

 気持ちの昂りを表に出さないよう気をつけながら、食事を促した。


 恐る恐ると、ナイフとフォークを握りしめたしおりちゃんは、ゆっくりと私の料理を食べ始めた。

 時折見せる、彼女の幸せそうな表情に私は更に心が高鳴った。



 あぁ……もっと、愛を彼女に与えたい。

 そう思いながら私は、彼女が食べ終えるのを静かに見守った。目の前のトーストを食べることを忘れて。



 少しはあなたに近づけてますか……?ねぇ───先生?

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