第4話 静かなる決意
昨日の夜、デパートの入口で私は女子高生を拾った。
身元を調べようと、彼女の持ち物を調べていると数百円しか入っていなかった財布の中に学生証も入っていた。
「“水沢 しおり”……」
すやすやと時々うなされながらも卸したての毛布にくるまってる彼女、“しおり”ちゃんの名前にどこか懐かしさを感じつつ、私は寝顔を眺めながら呟いた。
かつての自分を見ているようで、どこか不思議な感覚だった。私がまだ小さかった、何も知らなかった頃の私を……。
ただ、それよりも彼女のやせ細った体の方をどうにかすることの方が大事だった。
夜の街灯だけでは彼女の体の異常性を把握することが出来ず、朝になりようやく私は把握することが出来た。
若干赤みのかかったボサボサの髪に、私は悲壮感を抱いた。
あまりにも栄養の行き届いていないことが目に見えてわかる、細々とした腕や足にも。そして……痛々しいほどに傷付いている手首にも。
彼女の様子に居てもたってもいられなくなった私は、大急ぎでキッチンへと駆け込んだ。
いつもなら、彼氏に振られた翌日の朝食は泣きながらコーヒーを沸かしてそれを飲むだけで済ませいたが、今日の私はそういう事にはならなかった。
きっと、しおりちゃんがいるからだろう。新たな愛情の行き場があるからだろう。
手が信じられないくらい、スムーズに動く。
昨日部屋から出ていった彼が一度だけ好きだと言っていたハーブバターを、必要な分だけ冷蔵庫から取り出して、それを十分に熱を持ったフライパンに落とす。
ジュワッと音を立て一気に溶けると、ハーブの芳ばしい香りとバターの甘い香りがキッチン中に充満する。
そして、十分な大きさにカットされた鶏むね肉を表面が表面が焦げるまでフライパンの上で調理した。
朝から食べるには多すぎる量だと後々になって分かったが、その時の私は隣の部屋で寝ているしおりちゃんにお腹いっぱい食べさせてあげたい、それしか頭になかった。
レーズンが散りばめられた食パンを薄く切り、オーブンにセットし終えると、私はしおりちゃんのいる部屋へと向かった。
すると、ちょうど目を覚ましていたようで弱々しくもしおりちゃんは目を開けていた。
「あら。しおりちゃん、目が覚めたのね」
私がそう言うと、しおりちゃんは少し脅えながら私に
「あれ……名前……」
と聞いてきた。
どうやらいきなり名前で呼ばれたことに驚いているのだろう。
見知らぬ部屋で寝起きしたのだから、警戒しても当たり前か。
「あぁ、ごめんね。財布の中、調べさせて貰ったのよ。あなたが誰か、知っておきたくて」
そう言いながら、私は部屋の入口近くの棚に置いていた彼女の財布と学生証を見せ、そのまま彼女に見えるようにしながらそれらを学生鞄に丁寧にしまった。
「そう、ですか」
しおりちゃんはどこかほっとするような顔を見せながら私に返事をした。少しは、信用して貰えたのだろうか。
もう少し信用してもらいたいと思った私は、彼女を寝かしているベッドの縁に腰掛けることにした。
ふと、一瞬だけ幸せそうな表情をする彼女を見ると、私自身の自己紹介をしていないのを思い出した。
「私の名前もね、“しおり”って言うの。さっき調べた時びっくりしちゃった」
ベッドの近くにあった紙に私の名前を書きそれを見せながら、私はしおりちゃんにはにかんだ。
すると、私のはにかみに返答するようにしおりちゃんは笑みを浮かべた。
その笑みには今のところ力は無いが、きっと喜んでくれてるのだと私は考えた。
光の失われた笑みがこんなにも悲しいものなのか、と一人で実感していると、しおりちゃんは私にこんなことを問いかけてきた。
「どうして、お姉さんは私を拾ってくれたんですか?」
と。
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