第2話 かつての私に思いを馳せて

 私は重い女だ。


 クリスマスが近づく、雪の降る寒い冬の日にそう思いながら私は仕事から家に帰っていた。



「今年のクリスマスはどうしようかなぁ……」


 今朝方、彼氏だった人と行ったやり取りが夜になった今でも忘れられなかった。



「重いんだよ!いつもいつも……!!いい加減にしてくれよ!社内食堂があるから弁当はいらないって言ってるだろ!」

 いつもと変わらず、私が朝早くから作ったお弁当を渡そうとすると、突然彼が険しい顔で怒鳴り出した。

 その時に限って、私はいつもより腕によりを掛けて弁当を作っていた。

「どうして、そんなこと言うの!? せっかくあなたのためを思って一生懸命作ったのに!」

 私はただ、彼に美味しいご飯を食べてもらいたい。それだけだった。

 だが、それが彼にとっては負担になっていたのだろうか。

「それが重いって言ってんだよ!! 誰も頼んでないだろそんな事!!」

 確かにその通りだった。彼から一言も『弁当を作ってくれ』なんて言われて無い。

 けれど、それでも私は毎日作り続けた。

 きっと彼もなんだかんだ言って喜んでくれてると信じていたから。

 けれど現実は違った。

「もう別れよう。……君の想いには、俺はもう応えられそうにないよ」

 そう告げられ、彼は少ない荷物を持って私の家から出て行ってしまった。

 私なりに彼に精一杯楽しんでもらおうと思ってやっていた事が、向こうからしてみたらいらないお節介だったのかもしれない。


 これで何度目だろうか。また私は重すぎると理由で愛した人が離れていく。


 私はただ愛したいだけなのに。

 ただそれだけなのに、親も友達も同僚も彼氏も徐々に離れていった。

“あの人”を除いて。

 私に愛を教えてくれた“あの人”だけは私のそばにいつまでもいてくれた。私が離れるまで、ずっと……。

 私は“あの人”みたいになりたくて、”あの人“の側から離れたあの日から今日まで過ごして来た。



 それがこの有様である。

 私は今年も、一人でクリスマスを過し年も越すことになるのだろう。寂しく一人で……。



 そう思って、コツコツとヒールの音を夜の街に響かせながら家の近くのデパートの前を歩いていると、入口の前で制服姿で蹲っている少女を見かけた。

 警察の補導が始まる時間だと言うのに、彼女は一歩も動こうとせず、ただただ虚空を見つめてるような気がした。

 その姿が、今の私と重なって……

「ねぇ君、大丈夫?」

 気づけば私は彼女に話しかけていた。

「あぁ……はい……大丈夫です」

 とても大丈夫そうで無い作り笑顔で少女は私にそう返事した。

 少女をこのままにしておく訳にも行かないと思いながらも、また突き放されるかもしれないという恐怖が私を襲った。

 明日は幸いにも土曜日で仕事は休みな為、いくらでも少女に付き合える。

 だがしかし

「そう?でももう遅いから早く帰りなよ?君可愛いんだから、襲われちゃうかもしれないしさ」

 結局私は恐怖感に勝つことは出来なかった。


 治安の悪い街では無いが、それでも女子高生の少女が安全に夜を明かせると言いきれるほど安全な街でもなかった。

 そんな中に結局、助けの手を差し伸べることが出来ない私に憤りを感じた。



 ごめんね……。もう、誰からも突き放されたくないんだ。ごめんね……。



 そう思いながら、私は未練がましく少女に背を向けた。

 その時だった。

「……私を拾ってくれませんか?」

 少女が私が着ているスーツの裾を掴みながら、助けを求めてきたのだ。

「いいよ、おいで」

 私はすぐさま返事をした。


 もしかしたら、今度は……。今度こそは……。

 

 そう言った言葉が脳裏を過ぎると、気づけば私は微かに口元に笑みを浮かべていた。

 もしかしたら、私は拒絶されない為に彼女から声を掛ける状況を自ら作って、彼女から動いてくれるのを期待していたのかもしれない。

 そして、結果的に彼女は私の裾を掴んだ。私に助けを求めた。


 その少女の姿が、かつての私と重なった。幼少期の、まだ何も知らなかった時の頃の私と。

 そんな少女の手は、とても冷やかでか細かった。

 そして静かに少女は泣き始める。


 余程辛かったのだろう。きっと今日だけではない。ずっとずっと苦しかったのだろう。

 私にはなんとなくそれが感じられた。


 その時私は決心した。


 この子に私の愛を思う存分与えよう、と。

 私をいくらでも使い古してくれても構わない、と。


 名前も身元も知らないけれど、この子には親近感が湧いた。きっと、昔の私と似た部分があるからなのだろう。

 ならば、やる事は一つだった。

 ”あの人“がかつての私にしてくれたように、私もこの子に同じ事をしてあげよう。


 そう決めた私は、泣き疲れた少女を支えながら『高橋 詩織』と名札が掛けられた自分の家へと帰っていったのであった。

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