しおりちゃんと詩織さん〜愛に怯える少女は本当の温もりをまだ知らない〜

こばや

第1話 雪降る街で少女は出会う

 その日は珍しく雪の降る、特に寒い日だった。

「これからどうしよっかなぁ……」

 私はコンビニからアツアツの缶コーヒーを買い、残り残金数百円になった財布と、その財布を持つ左手の手首を見つめながら、制服姿で夜の街を歩いていた。

 私の心は不思議と落ち着いていた。ついさっき、親に捨てられたというのに。

 いや、私が親を捨てたのかな。

 ようやく解放されたと思った。あのダメ親から。

 いや、今まで親と思ったことがなかったのかもしれない。

 あの人たちから、愛情なんて感じたことなんてなかった。

 小学生の頃は、褒められたいと思い必死に勉強した。けれど、満点を何度もとってもなんの関心も抱かれなかった。

 中学生の頃は、勉強だけではダメだと思い部活にも力を入れ、陸上で県内三位まで登り詰めた。だがそれでも、あの人たちはなんの関心も示さなかった。


 私の何がダメなのだろう、その時は必死に自分の直すべきところを考えた。考えに考えた。

 その結果


『あぁ、この人たちには私なんかいらないんだ』


 と、高校一年の冬休み手前にようやくそのことに気がついた。

 高校生になり、部活の無い日はアルバイトを始めた私だったがそのお金は全て、あの人たちに全て持っていかれた。

 初めは、貯金してくれてると思っていた。私が持っていると全部使っちゃうから、その事を考えてのことだと思っていた。


 けれど違った。あの人たちにとって私は金蔓でしかないんだ、と今日になってようやく気づいた。

 中学上がるまでは夜遅くまで働いていた両親だったが、私が高校に入ると同時に仕事を辞めた。そして、私にバイトを強要し始めた。

 初めのうちは、きっとまた働き始めてくれると信じていた。けれど、結局働き始めることはなく……毎日パチンコ屋さんに入り浸っているようだった。

 それまではまだ平気だった。きっと、働くのに疲れてしばらくの間休養が必要なのだろうと思ったからだ。



 だからこそ、今日は失望した。

 私が学校から帰るや否や、親であるはずのあの人たちから援交の話を持ちかけられたからだ。

 親の心を持っているなら、そんなことなんて絶対言わない事をあの人たちは平然と口にした。

 私はすぐさま家から逃げようとした。けれど、あの人たちはそれを許さなかった。


「どこに行くんだ!今から相手が来るのに」

 父親だった誰かが、私の腕を掴む。

 その感触はとても気持ち悪かった。私に愛情なんて一切無いその人の手の感触が不快でしか無かった。


「そうよ!今すぐシャワー浴びて準備しなさい!」

 母親だった誰かが、私の行き先を塞ぎながら耳障りな事を告げる。


 あぁ、気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!

 私のことをそんな目で見ないで!


 舐め回すように私のことをジロジロと見つめる視線に、寒気しか無かった。


『もう、いいんじゃない?』

 私の頭の中で、もう1人の私がそう問いかけた。

 小学校を卒業する時、中学陸上で県内三位になった時と、何かと私があの人たちに不信感を抱く度に脳内に響く声だった。

 そして、この時は今まで以上にハッキリと聞こえた。

 つまりは……そういうことなのだろう。


 私は、私を拘束しようと掴む手を腕から手首へと変えた父親だった誰かの股間を、思いっきり蹴り上げた。

 悲鳴と共に、あの人は私の手首から手を離した。

 その瞬間、私は家から逃げ出した。



 そして今に至るわけなのだが

「これからどうしよう……」

 後先もなく家を出た私は、非常に困っていた。

 寝る場所も無ければ、そもそも寝るお金も無いし制服姿の女子高生が泊まれる場所なんて無い。

 補導なんてもってのほか。あの家に帰されるのが目に見えているからだ。


 スマホに表示される時間を見ると、まもなく夜の十時。警察官からの補導が始まる時間。

 そんな時だった。

「ねぇ、君大丈夫?」

 既に営業時間が終了し、閉店したデパートの入口の近くで座りながらぼーっとしていると、スーツ姿の綺麗な女性に優しく声をかけられた。

 私なんかとは住んでいる世界が違う。そう思わせるほどに綺麗で、美しく、大人の雰囲気を醸し出していた。

 まるで、私とは真逆だ。

「あぁ……はい……大丈夫です」

 私は現実の格差に打ちのめされながらも、彼女に精一杯の笑顔で返答した。

 本当は全然大丈夫なんかじゃない。助けて、そう言いたい。

 けれど、そんな勇気は今の私には無かった。

「そう?でももう遅いから早く帰りなよ?君可愛いんだから、襲われちゃうかもしれないしさ」

 そう言って、声を掛けてくれたスーツ姿の女性はその場を去ろうとした。

 当然だ。大丈夫だと言われたら、それ以上の追求は出来ないだろう。

 私はそのまま彼女の姿が見えなくなるまで見送ろう、そう思っていた。



 そう、思っていただけなのに────

「……私を拾ってくれませんか?」

 気づけば私は彼女のスーツの裾をつかみながら、そう言っていた。

「いいよ、おいで」

 断っても誰も文句言わない状況で、彼女は私にそう微笑んだ。

 名前も知らない、この時初めて会ったはずなのに。

 それなのに、その時初めて私は愛情を感じた。


 次の瞬間、私の目から涙が溢れて止まらなかった。



 そして、その翌日から私は久々に名前を呼ばれるようになった。



“しおりちゃん”と。

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