クモ
コウタは幼い頃から虫が好きだった。幼稚園の行き帰りなどに虫を見つけると、虫籠を持っていなくても手を伸ばして捕まえた。ポケットになにかしらの虫を大量に入れたまま帰宅し、母親に甲高い悲鳴をあげさせたことも一度や二度ではない。
小学六年生になった今は家に虫を持ち帰ることこそなくなった。本当にやめてね、と虫嫌いの母親に釘を刺されているからだ。しかし、今でも虫は好きだった。
コウタが通っているS小学校の通学路の途中に砂利を敷いた小道があった。砂利道の右手側には古くさい家と空地が連なり、左手側の一帯には鬱蒼とした雑木林が広がる。今日も下校途中にその雑木林に立ち寄って虫をさがしていた。
あたりを目を凝らしながら歩きまわっているときだった。視界の端でヒラヒラと動くものがあった。そちらを振り返ると、青い
(かわいそうに……)
コウタはアオスジアゲハの羽を摘んで、蜘蛛の巣からそっと救出してやった。そして、適当なところで指を離すと、アオスジアゲハはフワフワと舞いあがった。蜘蛛の糸が羽にくっついていないか心配だったが大丈夫らしい。アオスジアゲハは優雅に舞いながら、ゆっくりと雑木林の奥に消えていった。
(もう捕まるなよ)
心の中でそう呟いたとき、コウタは手の甲に違和感を覚えた。目をやってギョッとした。手の平ほどもある大きな蜘蛛が、長い足でガッシリとしがみついていたのだ。胴体に黒と黄色の縞模様がある毒々しい蜘蛛だ。
「うわ!」
慌てて手を振って蜘蛛を払い飛ばした。いくら虫が好きといっても、カブトムシやチョウやバッタなどだ。巨大な蜘蛛はさすがに気持ちが悪い。
地面に落とされた蜘蛛はその場でじっとしていた。もしかしたら、さっきのアオスジアゲハを捕まえていた巣の主はこの蜘蛛かもしれない。そんなことを考えているとき、ふと目に入った右足の靴にも、よく似た蜘蛛がしがみついていた。
「わ、こっちにも!」
それも慌てて足を振って払い飛ばしたが、よく見れば周囲に何匹もの蜘蛛がいた。樹の幹にぺったりと張りついている蜘蛛。枝の根元に巣を張っている蜘蛛。そのすべてが手にしがみついていた蜘蛛とよく似ており、こちらのようすをじっと窺っているように思えた。
コウタは急にうすら怖くなってきた。踵を返すのと同時に走りだし、逃げるようにしてその場を離れた。
息を切らしつつ雑木林を抜けて、恐る恐る後ろを振り返ってみた。蜘蛛がすぐそこにいるような気がしたが、一匹の
アオスジアゲハも蜘蛛も同じ生き物だ。しかし、コウタはこれっぽっちの躊躇もなくアオスジアゲハを助けた。見た目の印象や勝手な価値観で、なんとなく蜘蛛が悪者に見えた。
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