蟲のささめく森に

烏目浩輔

アリ

 タカシが通っているS小学校からの帰り道には砂利を敷いた小道がある。小道の右手側には古くさい家と空地が連なり、左手側の一帯には鬱蒼とした雑木林が広がる。

 タカシはその雑木林にわけいって足もとに目をこらした。近くに投げ置いた黒いランドセルは、五年間の年季が入ってだいぶくたびれている。


 さっそく長い列を作る無数のありを見つけた。他の昆虫の死骸を細かく分解してせっせと巣に運んでいる。タカシは身を屈めるとその蟻たちを摘みあげて、ブチ、ブチ、と念入りに潰していった。


 今日は学校でいやなことがあった。給食のおかずを誤ってひっくり返したせいで、近くにいた女子の服を汚してしまった。その女子が大袈裟に泣き喚いたために、先生にこっぴどく怒られた。


 服なんて洗えば綺麗になるというのに、ギャーギャーと騒ぎ立てたせいだ。


 本当にむかつく。


 こういうムシャクシャとしてどうしようもないとき、タカシはここにやってきて蟻を見つけるのだった。そして、念入りに、ブチ、ブチ、と潰していく。蟻なんて見つけようと思えばどこにでもいるものだが、この雑木林に棲んでいる蟻はほかよりもひとまわり大きい。大きな蟻を摘んで潰すのは本当に気持ちがいい。潰せば潰すほど気分が晴れた。


 蟻を潰して殺してしまうことに、罪悪感を覚えなくもなかった。だが、蟻なんていくらでもいる。実際にタカシがこれだけ蟻を潰しても、ここにくればいつだって蟻は地面を這っている。多少潰したくらいでは特段問題はないはずだ。


 ひとしきり蟻を潰してすっきりしたタカシは、ランドセルに手を伸ばしつつ立ちあがった。すると、周囲の樹々がゆっくりと騒ぎだした。


 ――サワサワ。


 葉むらが風に揺れて擦れ合っている音だ。しかし、なぜか声に聞こえた。


 ――サワサワ。


 無数のなにかがささやき合っているような、そんな声に聞こえるのだった。

 しかも声はどんどん大きくなっている。まるで何百、何千ものなにかが、周囲で囁き合っているようだ。


 ――ザワザワ。


 首筋がぞわぞわとした。

(な、なんだよ……)

 タカシは周囲を見まわした。


 激しく囁き合っているなにかは、きっとこちらを見据えている。そう感じた。タカシからはなにも見えないが、無数の目がこちらじっと見ている。


 足もとでは潰れた蟻がピクピクともがいていた。


 蟻のような小さな生き物はどこにでもいる。葉や枝にとまっているだろうし、周囲を飛んでもいるだろう。足もとの落ち葉の上を這ってもいるはずだ。


 タカシが蟻を潰しているところを、彼らは小さな目でじっと見ていた。彼らの怒りを孕んだ視線を上からも下からも感じた。


 ――ザワザワ。


 タカシは逃げるようにして雑木林を出ると、家に向かって必死で走った。後ろを振り返るのが怖い。逃げても逃げても声と視線が追いかけてくるような気がした。





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