セミ

 トモヤが奇跡的に見つかったらしい。


 ユウイチがそれを知ったのは、中学三年生の夏休み前だった。


 今から約三年前のことになる。当時のユウイチはS小学校に通っており、同じクラスにトモヤがいたが、トモヤとはほとんど話したことがなかった。変わった奴――いや、気持ち悪い奴だったからだ。


 六年生になってすぐの頃の話だ。下校中だったユウイチはS小学校の通学路の途中にある砂利敷きの小道に差しかかった。砂利道の右手側には古くさい家と空地が連なり、左手側の一帯には鬱蒼とした雑木林が広がっていた。その雑木林の中でガサガサと落ち葉を踏み鳴らす足音がした。


 音のしたほうを振り返ると、小柄な男子がこちらに向かって歩いてきた。虫取むしとあみ虫籠むしかごを手にしたトモヤだった。一度家に帰ったらしく、ランドセルは背負っていなかった。


 別に話しかけたくなんてなかったが、トモヤがこちらをじいっと見ている。黙っているのが気まずくて、ユウイチはこう尋ねた。


「虫をとってたのか?」


 すると、トモヤは黄色く汚れた歯をニッと見せて、虫籠をユウイチのほうに掲げてみせた。


「めっちゃ、とれた」


 その虫籠の中には大量のせみが入っていた。一匹や二匹であれば蝉もどこか愛嬌がある。しかし、量に詰めこまれていると気持ちが悪い。しかも、ぎゅうぎゅうに押しこまれているせいで、何匹かは潰れて汁のようなものが出ていた。


「すげえだろ」


 トモヤは自慢げにそう言うと、「へへ……」と照れたように笑った。そして、また雑木林の中に入っていた。


 ユウイチはトモヤに聞こえないよう呟いた。


「キモいやつ……」


 こういうことがちょくちょくあった。トモヤは蝉を捕まえるさい、その量に加減というものがないのだ。いつも虫籠にぎゅうぎゅうと詰めこみ、何匹かは潰れてしまっているのだった。


 男子は基本的に蝉を含めた虫が好きだが、みなトモヤの蝉取りは異常だと感じていた。誰かが「やめろ」と注意しても、トモヤは異常な蝉取りをやめようとしなかった。


「あいつ、また大量に蝉をとってるぞ……」

「マジでキモいな……」


 トモヤをいじめる奴こそいなかったものの、好んで話しかけようとする奴もいなかった。ユウイチとみな同じように、トモヤを気味の悪い奴と思っていた。


 そんなトモヤには友達がひとりもいなかった。学校の中でも外でも常にひとりだった。だから、あんなことが起きてしまったのだろう。


 一月半ばにしては暖かい日だった。トモヤが行方不明になったのだ


 その日の放課後に学校を出るトモヤを数人の生徒が見ている。しかし、トモヤは遅くなっても家に帰らず、そのまま忽然と姿を消してしまった。


 警察がすぐに捜索を開始したが、目撃情報は皆無で、有力な手がかりも掴めなかった。家出、誘拐、事故――いったいなにが起きたのかもわからないまま、一週間、一ヶ月、三ヶ月――いつしか三年もの月日が流れたのだった。


 トモヤが失踪した当初はマスコミなんかの影響もあって大騒ぎになっていたが、今に到れば完全に風化してしまった一出来事にすぎない。もう誰もトモヤのことを口にしなくなっていた。ユウイチもトモヤのことをすっかり忘れていた。


 ところが、夕食のあとにテレビをつけたときだった。たまたま画面に映し出されたニュース番組で、トモヤのことが緊急速報として報道されていたのだ。


 番組の若い男性キャスターの説明によると、警察の手によって保護されたトモヤは、ある人物に三年間も監禁されていたそうだ。つまり、トモヤの失踪は家出や事故ではなく、誘拐だった。犯人は小学校の近くに住む二十代後半の男で、自宅のマンションにトモヤを監禁していたという。手足をロープで縛り、口をガムテープで塞ぎ、人知れずトモヤを管理していた。


 見つかったときのトモヤはガリガリに痩せ細り、口も聞けないほどに衰弱していたそうだ。また、日常的に誘拐犯に暴力を振るわれていたらしく、腕や足の骨に潰れているところがあったという。これから身体からだのリハビリと精神のケアが必要とのことだ。


 ユウイチの脳裏にあの虫籠が浮かぶ。トモヤがいつも手にしていたあの虫籠だ。大量の蝉が押しこまれており、何匹かが潰れてしまっていた。


 トモヤも同じような目に遭っていたらしい。三年ものあいだ狭い部屋に閉じこめられ、腕や足の一部が潰れてしまっていた。





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