トリックはどうやって作る
基本編
新人賞を狙うならジャンルはミステリーが一番ではないかと思う。ミステリー系新人賞は数が多いし、エンタメ系の賞にもミステリーなら送れる。ようするに選択の幅が広い。と考えて、それらしいプロットを作ってみたものの、何か足りない。やっぱりミステリーらしい魅力的な謎や新鮮なトリックがほしい。それがあれば作品に華が出るに違いない。
必死に頭を振り絞ってみるが、そんなに簡単にトリックが思い浮かぶわけもない。いいトリックを見つけたとしても、それが今までに何度も使われているような陳腐なものだったら――と考えると、パクリとか言われないかと不安になる。
こうなったらあのネコ係長に聞いてみるか。私は重い腰を上げた。
「トリックの作り方をただで教えろとか、図々しいやっちゃなあ。トリックはミステリーの肝だろうに」
ネコ係長の不満げな表情に、私はモミ手をしながら「デビューしたら盛大におごってやるがね」とごまをする。
「トリックについては、いろいろ考えるところがあって、考えをまとめるつもりだったから、ヒントになるくらいは教えてやるか」と話し出した。
やっと二作目を出して『一作で消えた作家』リストから外された作家だけのことはある。
「まず、基本となるのは今までどんなトリックが出ているのか――それを知るところから始めること。これは江戸川乱歩の『類別トリック集成』が便利だ。『続幻影城』に収録されているし、今ならネットで検索すれば全文が読める。あとは青空文庫で読める『探偵小説の謎』も読むといい。俺はこの二つをベースに、トリックを「密室」「毒殺」「アリバイ」「足跡」「人間消失」「暗号」などと分類してから、それを基にドラマや小説に出てきた様々なトリックを追加するようにしている。こうやってトリックを収集しておくわけだ。集めたトリックと同じものは自作に使えない。これが一番肝心なところだな」
「過去に使われたトリックを知るために収集する、というわけだね」
「そういうこと。有名なトリックと同じものを使って恥をかかないように最低限の知識は得ておこうというわけさ。新しいものを作るためには、トリックを組み合わせたり、変形させたりする必要があるけど、例題がたくさんあるほど利用価値は高くなるし。何もないところからトリックを生み出すのは労力がかかりすぎる」
「組み合わせと変形ね。ちょっと抽象的だから、具体例をあげてみてくれるとうれしいな」
ネコ係長はうっとうしいなというようにスマホを取り上げ、ファイルを開くと指でスクロールし始めた。私がのぞき込もうとすると意地悪くスマホを隠すのだった。
「ダイイング・メッセージというものがあるだろ。その一例として被害者の口の中にティッシュが入っていた。それは何を意味するか。答えを言うと『ティッシュ=紙=紙を食べる=ヤギ=山羊座の人間が犯人』なんていうものがあった」
そんなものはトリックとも言えない、ただのなぞなぞじゃないかと思った。
「冗談と思うかもしれないが、真面目に本に載っているんだ。これを変形させてみると、ティッシュは元々がメイクを落とすために使われていた。だから被害者がティッシュを指していた=メイク係が犯人とか応用出来るわけだ」
ニヤニヤと笑いながらネコ係長が言った。彼が何を考えているのかはわからないが、実際に使えるようなものではないと思うけど、たしかに変形というか応用とはいえる。
「変形はわかったけど、組み合わせというのもやってもらえるかな」
調子に乗ったネコ係長を見て、私は言ってやった。
さすがに即答は無理だったようで、ネコ係長は遠くの方を見るような視線でしばらく考え込んだ。
「こんなのはどうだ。被害者の口の中に大量のティッシュが詰め込まれている。大食いの山羊座の人間とか大量に仕事を抱えたメイク係というダイイング・メッセージと思わせておいて。実は、犯人にはそうしなければならない理由があった」
「ダイイング・メッセージはフェイクということね。で、そのティッシュを詰め込んだ合理的な理由とは何?」
「殺害時の前後に犯人はそばにあったティッシュに、自分の唾や汗が付着したことに気がついたんだ。犯行場所からすぐに逃げたいけど、どのティッシュに自分のDNAが付いたかとっさに判断出来なかった。だから、被害者の口にすべてのティッシュを詰め込み、被害者の唾液と混ぜてしまうことでごまかそうと考えた。近くにはトイレや水飲み場所がなく、ティッシュを持っている状況で他人に見つかるとまずいから、とっさにそんなことをしてしまった。なんてどうだ」
なるほどティッシュをトイレに流したり、水に浸けたり出来れば、そんなおかしなことをする必要もないわけか。犯人ならたくさんのティッシュを持ったまま誰かに発見されたり、逮捕されたらまずいと思うこともあるだろう。なによりも殺人のあとなら動揺しているだろうし、とっさに思いついた考えに固執することもあるかも。不自然なところを排除するように設定を思いつくのも日頃の訓練のたまものということか。
「そのトリックは使えないこともないね。ダイイング・メッセージとDNAが付着したティッシュというのがトリックの組み合わせというわけか。最初にフェイクとして山羊座の人とメイク係の推理を披露した後に、ティッシュを口に突っ込んだ理由を指摘すれば、なんだか本当にありそうな気がしてくるな」
「だろう。さっき言った乱歩以外にもミステリー作家が様々なトリック分析をやっていて、ネットで検索すれば出てくるから、それも取り入れて自分のトリック帳を作るといい。おまけにいいことを教えてやる。例えばアリバイトリックを考えたとしよう。そうしたらそのトリックがバレる方法・手段も考えておくことだ。トリック使用が犯人側の視点とするなら、探偵側としてトリックを崩す手がかりを考えておくこと。そうしないと完全犯罪ものになってしまう」
「なるほど、ミステリーは謎が解けたり、トリックが判明する必要があるわけだから、トリックは不完全でないといけないということだね」
「トリックのどこかに手抜かりがあったり、犯人は完璧だと考えていても、意外な盲点があって、そこから犯行がバレるみたいな感じだな。そこがうまくいけばスカッと解決出来るわけだ。ダメな解決方法としては、偶然誰かに目撃されていたとか、偶然大雨が降って、といったご都合主義的なものだな。これを使うと読者は興ざめしてしまう」
ネコ係長はそう言うと、スマホをスリープ状態にしてからポケットにしまった。トリック帳を私に見せてくれるつもりはなさそうだ。そういうことなら自分で作ってやると、私は決意を新たにした。
まとめ
まずはトリックを集めよう。基本は乱歩の「類別トリック集成」から。
トリックを分別して、自分で見つけたものを追加していく。
集めたトリックを組み合わせたり、変形・応用して自分のトリックを作成。
トリックは使う側の視点と犯行がバレる方法・手段の探偵側の両方を考えること。
サメは動いていないと死んでしまう。新人作家も同じこと 羽鳥狩 @hadori16
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