7. エピローグ

 私は読みかけていた文庫本を閉じると、少しぬるくなってしまった紅茶を一口飲んでお店の中へ視線を移した。

 お店の中はお客さんもまばらで、芳醇なコーヒーの香りとゆったりとした時間だけが流れている。

 私はこの雰囲気が好きで、大学と家の間にあって本来なら降りる必要もない駅でわざわざ下車しては、時折、紅茶と読書の時間を楽しんでいた。

 ふと窓の外に視線を移すと、お店の前の通りを高校生と思われる制服の元気な男の子達が、じゃれあうように通り過ぎていった。


 あれからもう1ヶ月になる。


 自分と瓜二つの謎の存在に悩まされていたその高校生の男の子は、偶然にもオカルトを扱う私のホームページを見て、私を頼って相談してくれた。

 それが一応の解決をみたのが1ヶ月前のことだった。

 ただ、その時点では本当に全てが終わったのかは私自身も確証がなく、もし何かあればまた力になろうと思っていたのだけど……それ以降、男の子からはなんの連絡もない。


「何も連絡がないのは、無事だと思っていいのですよね」


 私は手元のスマホに視線を落とした。

 その男の子とは、当時ひっ迫した事情もあって直接電話をしたことがあり、本当は連絡をしようと思えば、いまでも出来る。


 ――でも、こんな3つも年上の女にいちいちお節介を焼かれるのはきっとイヤですよね。


 そう思うと、どうしても連絡する事が出来ずにいた。


 ――では、せめて無事でいるか確認するぐらいは……。


 私はバッグから一組のカードを取り出すと、心を落ち着かせてテーブルの上に並べはじめた。


 ――まず運勢は……まずまず問題なさそうです。次に健康は……こちらも大丈夫のようですね。ええと、次は精神面………………? これは……どうしたことでしょう、今、何か大きな悩みを抱えてられるようです。進路? それとも友人関係でしょうか。


 私は思わずスマホに手を延ばしかけたものの、結局、気後れして電話をする事は出来なかった。


「他人を占うのにはそこそこ自信があるのに、自分のことはさっぱりですね……まだまだ修行が足りないのでしょうか」


 諦めてカードを片付けはじめた時、お店のドアが開いたのを知らせる軽やかなベルの音が鳴った。

 私はそれには構わずカードをバッグにしまうと、再び文庫本を開いて視線を落とす。


 その時、聞き覚えのある声がした。


「カフェオレ1つお願いします――」


 思わず私は顔を上げた。


 その声の主も私に気がつき、大きく口を開けている。


「ええっ――!?」


 それが、私達が同時に発した言葉だった。


 終

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ダブルサイドコイン 椰子草 奈那史 @yashikusa

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