第21話:よっつめの話、エピローグ
『ああ、そうだ。よければ、おまえの名前を教えてもらえないか』
竜との対話を終えて、今回は一件落着になるだろうかと、そんなことを考えながら移動を開始した直後に、その竜からそんな言葉が飛んできた。
「……私ですか?」
その内容があまりにも意外だったから、思わず確認の質問を投げ返した。
竜は呆れたような吐息をひとつ挟んでから答える。
『……他に誰がいるというのだ。
そのあたりに居る有象無象の名前など、知ったところで何になる』
私はその言葉に対して、更に問いを重ねた。
「なぜ私の名前を?」
『これまでにおいて唯一、我輩と会話を続ける努力を見せてくれた相手である。
名前があるのなら覚えておこうと思ったまでだ』
返ってきた答えは期待とは少し異なる内容ではあったけれど。
それでも、あの竜がわざわざ自分の名前を覚えていてくれるのならと喜んで教えた。
『覚えておこう』
竜の反応はそっけないものだったが、確かにそう応じてくれたから。
「私にも、あなたの名前を教えてくれませんか?」
お願いを重ねてみた。
しかし、返ってきた答えは、
『我輩は竜だ。名前などあるはずもない。
我輩の与り知らぬところで何と呼ばれようとも知ったことではないが、まぁ好きに呼べばよい』
人間味のない――ある意味で竜という生き物らしいものであった。
●
「――竜との対談において背信行為があったという報告があった。
君から何か言うことはあるか」
私が国の偉い人に呼び出されてそう問いかけられたのは、竜との対話を終えて人間社会に戻ってしばらく経ったある日のことだった。
国家権力に立ち向かって逃げる毎日を送るつもりは毛頭なかったから大人しく従って来たけれど、広く豪華な空間には、国の重鎮とも言うべき人間が多く詰め掛けていた。
断罪の場。
判決を言い渡すための空間。
そこに立ってしまったら、普通は足が竦むのかもしれなかったけれど。
……あの竜を見た後なら話は別さ。
心底からそう思ったから、私はいつもの調子で応じて言った。
「何をもって背信と言うのかによるでしょう。
私はあなたたちが見た情報の中身を知りませんから、何とも言いようがありません。
……あの場において越権行為をしたかどうかについてなら、心当たりはありますが」
「竜との交渉が決裂した際に、我々人間側に敵対したと取れる行動をしていたようだが」
「いったいどんな文面を見ればそんな解釈が出来るんでしょうか。
私はただ、実力差もわからない阿呆が、数が多いというだけで勝てない勝負を挑もうとしたから止めただけですよ」
「我々にとっても最高戦力に近い者達だぞ。勝てないはずがあるまい。
――貴様が邪魔をしなければ、我々は新たな戦力を得られていたはずなのだ!」
「……報告書には、私が介入したせいで竜からの協力が得られなかった、と書いてあったんですか?
そして、その内容を貴方達はすべて信じたと?
――馬鹿馬鹿しい話だ。事実と異なる。
あなたの言う最高戦力たちは、実際にはあの竜に何の抵抗も示せずに取り押さえられていましたよ。手加減されまくりで生かしてもらえただけです」
「嘘をつくな!」
こちらの言い分を否定する声が続く。
次々とわいて来る。
止む様子もなく、こちらの言い分を聞く雰囲気も全くない。
だから。
頭の中で回路を切り替えた。
「――証明して欲しいのなら、今この場でしてさしあげますよ?」
全てを敵に回してでも生き残る。
その覚悟をもって言葉を紡ぐ。
「今この国にいる全ての戦力が私一人を抑えることすら出来ないとわかれば、私の言葉にも説得力が生まれるでしょう?」
この言葉に、周囲は一気に押し黙った。
空気が緊張感で張り詰める。
ごくりと、誰かが息を呑む音さえ大きく響いて聞こえるほどの沈黙は――しかし戦闘によって破られるようなことにはならなかった。
「君の強さは十分に理解している。やりあうつもりはない。
やりあう意味もないし、仮に意味があったとしても決して得にはならんからな」
この国で最も偉い人間が、そう言ってみせたからだった。
この場の視線が、発言者であるその人に集まった。
それらの視線を受けても怯む様子を見せることなく、その人は続けて口を開いて言った。
「君の覚悟は見た。ゆえに信じよう。
我々の派遣した者達は、その竜に手も足も出なかったのだという事実をだ」
周囲がどよめく。
私は周りの動揺を無視して話を継いだ。
「では、どうされるのですか?」
「何がだ」
「あの竜への対応です」
「……どうして欲しいんだ?」
「関わらないようにして頂きたい。
あの竜はこちらが害となる行動を取らなければ何もしてきません」
「もしも新たな軍団を派遣すると言ったらどうする?」
「その時こそ私は、背信と看做される行動を選択することになるでしょう」
「……君の度胸に免じて聞き入れよう。
世界の脅威にどう対応するのかについては、新たな案を考えなければならないな」
その人は大きなため息を吐きながらそう言うと、下がっていいという言葉を追加した。
私はその人に深く頭を下げて感謝の意を示した後で、この場から退出した。
●
後日。
世界の果てともいえる僻地で、
「ということがあったので、たぶんもう大丈夫ですよ」
『なぜここにいる』
「いやあ、あなたの肩をもったせいで人間社会だと居場所がないんですよね。
匿ってくれません?」
『……我輩の害にならぬ限りは自由にすればよい。
ただし、あまり場を荒らすような真似はしてくれるなよ』
一人の人間と一匹の竜がそんな会話を交わしていたとか、いなかったとか。
●
・――勇者が人類を裏切ったという風説が流れ始めました。
竜に関する風説が上書きされます。
・――唯一無二の脅威というあだ名が追加されました。
敵対関係が消滅しました。
・――一人の友人が出来たようです。
我輩は竜である。名前などつけてもらえるはずもない。 どらぽんず @dorapons
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