第20話
「何を悠長なこと言ってるんだおまえは!」
我輩に提案を持ちかけてきた人間が、ヒトガタに押さえ込まれた情けない状態で声を飛ばした。
『おまえのお仲間はこんなことを言っているが?』
我輩が水を向けてみれば、
「この後に及んで、悠長なことを言っているのがどちらかわかっていない阿呆は、放っておいていいですよ」
涼しい顔をして笑いながらそう応じてきたから、
『……最初に出会ったときとは随分と様子が変わったものであるな』
そう言って、知り合いの人間に向けていたヒトガタを引いた。
「あら、覚えていてくれたんですか」
意外という感情がこぼれるその声を聞いて、当たり前だと返す。
『今のところは、我輩を追いつめたことがある唯一の人間だ。
覚えていないはずがあるまい』
「あなたが去っていく直前になった頃には、そんな様子など欠片も見受けられませんでしたが」
『あの時の我輩は死に物狂いで学び、その学びを活かそうと努めていたのだ。
当然の結果であろう。
おまえが今、我輩が造ったヒトガタの動きを超えたように、我輩もおまえの全てを凌駕するべく心血を注いでいたに過ぎん』
「今の私は、あなたの予想を超えられましたか」
『……研鑽の賜物であるのだろうな。
素晴らしいという言葉しか出てこない。
逆に我輩の未熟が露見する結果となってしまった』
「……正直に言えば、ギリギリでしたよ」
『そう言ってもらえたのならば、有り難い限りである』
知り合いの人間は我輩の言葉を聞いて、心底から嬉しそうに思っているわかる笑顔を浮かべると、吐息をひとつ挟んで表情を戻してから次の動きを作った。
片膝をつき、頭を垂れて口を開く。
「……再び迷惑をおかけする形となってしまい、大変申し訳ないと思っています。
ですが、私がどう手を尽くそうとも、人間の愚かさを正すことなど出来ませんでした。
流れを変えることは出来ませんでした」
その言葉には、口惜しいという思いがあふれていたから。
『……おまえがそう思い、行動をしてくれたということが事実であるのならば、それだけでも有り難い話である』
我輩はそれを責める言葉を口にしなかった。
知り合いの人間は我輩の言葉に感謝の言葉をひとつ返した後で、続けてこう言った。
「しかし、今回の結果があれば、彼らを説得することができるはずだとも考えています」
『世界の脅威とやらへの対処はよいのか?』
「……あなたがそれを言うんですか?」
反問の内容を聞いて、声をあげて笑った。
『――わかっているのならばよい。
我輩も世界の一部であるからして、本当に世界を滅ぼしうる何かが現れたのであれば話は別だ。
協力するかどうかはともかく、わざわざおまえたちを敵に回すようなことはしない。
我輩はただ、危機に対して出来る限りの対応をするだけなのだから』
「その言葉を頂けただけでも充分です」
「――おい、勝手に話をまとめるな!」
ヒトガタに押さえ込まれていた人間の一人が、声を荒げて話し合いに口を挟んできた。
「貴様がやっていることは背信行為であり越権行為だ!
戻れば処遇がどうなるのか想像できないほどに愚かではあるまい!」
『群れを為して生きるもののしがらみは、真に醜いものであるな』
「お恥ずかしい限りです」
言って、知り合いの人間が武器に手をかける。
その意図を悟って、我輩は先んじて声をかけた。
『……殺すのならせめてここを出てからにして欲しいものだ。
掃除をするのも手間なのでな』
「――承知しました」
言って、知り合いの人間は動きを変えた。
先ほどまで声を荒げていた人間に向かって、ゆっくりと、一歩一歩近づいていく。
「……っ」
我輩の言葉によって自分の身に何が起きようとしていたのか、現状の先にある己の末路を想像できる程度には賢かった誰かは、顔色を蒼白にしながら向かってくる者へと目を向け続けることしかできないようだった。
知り合いの人間は、その者と視線を合わせると低い声で言った。
「おまえたちが態度を改めず、協力も拒むのであれば、どうなるのか想像できる程度の頭はあるか?」
「……っ!」
その声に返ってきたのは、無言の首肯だった。
声をかけられていない者でさえも、何度も何度も頷いていた。
それらの反応を見て、知り合いの人間はひとまずよしとしたのか、ひとつ頷くと視線をこちらに戻してほがらかに笑ってみせた。
……いやはや、人間とは本当に恐ろしい生き物であるなあ。
そんな言葉を思っていると、知り合いの人間は再び頭を下げて言った。
「私達はすぐにでもこの場から立ち去り、今後迷惑をかけぬように努めます。
……今回の件は、それで手打ちとしていただけないでしょうか?」
『もしもそれが本当に叶うのならば、我輩がそれ以上を望むことはない』
「努力します」
『期待しておく』
「……頑張ります」
知り合いの人間は最後にそう言いながら、少しだけ困ったように眉を下げつつ笑ってみせた。
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