第49話 想う気持ち(2)


 夏の日差しに当てられながら駅まで歩き、さらに電車を乗り継ぐこと二十分。

 僕たちは、つい三週間前にも来たショッピングモールの入り口の前にいた。


「どうしてショッピングモールに……?」


「んー約束したし、どうせならちょっと良いものの方がいいかなって」


「良いもの?」


「まぁとりあえず行こうぜ」


 まだ納得していない様子の光里を促し、中へと入る。

 そこは、平日の昼間の割にはそれなりに混んでいた。どうやら、一足先に夏休みに入った学生や家族連れが買い物を楽しんでいるらしい。スマホを覗き込んで目当てのお店を探している女子グループに、父親に抱っこをせがむ五歳くらいの男の子、ベンチで休憩している大学生くらいのカップルと、客層も多様だ。


「何買うの?」


「一応、お菓子の予定」


 彼女の質問に答えつつ、スマホに指を走らせる。前来た時は百均やら雑貨やらがメインだったし、普段来ることもないので、当然お菓子を売ってるお店がどこにあるのか知らない。時間もあまりないし、さっさと検索して行かないと……



「んー、だったら一階の中央エリアに、洋菓子とか焼き菓子とか売ってるお店並んでるから、そこ行こうよ」



「え?」



 検索の欄に一文字目を打ち込むより早く出た答えに、僕は驚きを隠せなかった。



「ん? どしたの?」



 しかし当の本人は、不思議そうに僕を見ているばかり。いや、だって……



「光里、そんな乗り気になってなかったんじゃ……?」



「んーまぁ、そうだったんだけど」



 僕の疑問に、光里は困ったような笑顔を浮かべた。



「せっかくだし、ね?」



 それだけ言うと、彼女は再び歩き始めた。いつもより幾分早いその歩調に、思わず手に力が入る。



「……ぜってー諦めないからな」



 置いて行かれないように、僕は急いでその背中を追った。





 *  *





 七月六日。


 サプライズボックスの材料を買いに、陽人とショッピングモールに行った。


 最初は、とても楽しかった。

 陽人とあちこち回って、くだらない物で笑ったりなんかもして、すごく充実してた。

 ダメだって、わかってるのに……。


 しかも……最後に、あんなの見ちゃうなんて……。思い出しちゃうなんて……。

 陽人、なんて思ったかな。不思議がってたし、ここで私が変に接したらダメだよね。


 いつも通り、いつも通りでいなきゃ……。


 うん。いつも通りは、得意だから……大丈夫。

 

 そう、いつも通り。私は陽人と、みんなと過ごしたい。過ごしていきたい。


 あと、少しだけ……。


 もう少しだけでいいから……お願い。





  * *





「え〜! これどうしたの〜!?」


 想像以上の叫び声に、耳の奥が震えた。思わず手で耳をふさぐも、目の前で興奮気味の彼女は声量を抑えるどころか、むしろ食い気味に身を乗り出している。


「あの、もう少し声のボリュームを下げてください」


「え~いいじゃん! 嬉しいんだし~! それに……っ!」


 ショッピングモールで光里オススメの洋菓子、そして特売のポテチを買い、電車を乗り継いで、一日振りに彼女の元へ足を運んだらこれだ。倒れてこの先も危ぶまれる状況だというのに、そんな気配はほとんど消し飛んでいる。


 まぁでも、これでいいのか。


 僕の隣。すぐ近くにある丸椅子には座らず、どこか気まずそうに立ち尽くしている光里の様子を見ると、そう思わずにはいられなかった。


「その……すぐ来れなくて、ごめんなさい」


 光里は、申し訳なさそうに頭を下げた。

 ここへ来ることに、光里は随分と渋っていた。けれど、今の病状や彼女も会いたがっていたことを伝えると、戸惑いながらも付いてきてくれた。そして――



「もう〜っ! そんなのいいの! 来てくれてすっごく嬉しいよ〜! 光里ちゃん!」



「美咲さん……」



 ひしと抱き合う二人を見て、心の底から連れてきて良かったと思えた。



「……お前、どんな説得したの?」



 ベッドを挟んだ向かい側から、笹原の不思議そうな声が聞こえた。なんでも、まだ姉に付き添いたいからと今日も学校を休んでいるらしい。


「いや。まだ説得できてない」


「は?」


「まぁ……また落ち着いたら説明するよ」


「……わかった。絶対だからな」


「あぁ」


 もっとも。まだ何も解決していないし、先に進んでいるわけでもない。だからこそ、そんな悪友の問いかけに、僕は曖昧に答えるしかなかった。



 それから僕たちは、持ってきたお菓子をつまみながら、楽しいひと時を過ごした。



「それでさ。春ごろのこいつの頑固さとひねくれ具合といったら、もうそれはそれは……」


「うっせーな!」


「あ、ほら。こんな感じでいつも怒っててね!」


「光里も! うっさい!」


「アハハッ!」



 花火祭りの時のように、何気ない会話に花を咲かせて。



「幹也。結局いろいろあって渡すの遅れちゃったけど、これ……」


「えっ! 何これ!」


「サプライズボックス。開けてみて」


「わっ……すご……」


「気に入ってくれた?」


「はは……グスッ、ありがと。姉ちゃん……」



 いつの日かに渡せなかった、約束の贈り物を届けたりして。



「それより〜、光里ちゃんと陽人くんさ。うちの幹也の恋バナとか知らない〜?」


「はっ!? 姉ちゃん、いきなり何聞いてんのっ!?」


「いやだってさ〜、光里ちゃんと陽人くんは付き合ってるわけでしょ〜? だったら幹也もそろそろ〜」


「ストーップ! 僕と光里はそんな関係じゃ……」


「え? 陽人?」


「え。なに光里、その反応……?」


「おーっと、これは?」


「修羅場か……?」


「……ぷっ。アハハッ! 陽人、その顔!」


「な、なっ、光里……! お前なぁ!」



 いつかの言葉を。


 いつかの想いを……忘れないように。


 顔を赤らめながら、話して――。




「……あれ? 光里は?」



「あぁ。お前がトイレに行った後に、同じようにトイレに行ったと思うんだけど……すれ違わなかった?」




 彼女に、かけがえのない日常を思い出してほしくて――。




「いや? すれ違わなかったけど……」



「ふぅん? まぁすぐ戻ってくるだろ」




 だからこそ僕はこれまでをなぞって、二人を巻き込んで、過ごそうと思った。そうしたら、彼女も考えを改めてくれると思ったから。




 だけど――。






 *  *






 七月十五日。



 陽人……ごめん。本当に、ごめんなさい。


 私も……美咲さんには生きていてほしいよ。そのために、できることならこの力を使いたいよ……。



 でも。でも……できないの。だって……






  * *






 その時。ポケットの中でスマホが振動した。


 ほとんど無意識に取り出し、画面に表示されたメッセージを見て、背筋が凍りついた。






  *  *






 だってこの力は……私の寿命を、与える能力だから……。







  * *






 >>今日はありがとう。本当に楽しかった。もう悔いはないよ。私は……先にいくね。






 二人に断るが早いか、僕は病室を飛び出した。




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