第41話 真実の欠片


 チリン、と風鈴が涼やかな音を立てた。


 けれど、僕の頭にはそんな音を楽しむ余裕はなかった。


「――……それじゃ、光里さんのあの能力については……」


「残念ながら、私も橘さん以上のことについては知らなくて。自信満々に言ったのに……ごめんなさいね」


「いえ……」


 おそらく、二十分ほど経過しただろうか。

 その間、光里自身のこと、光里の能力のこと、能力で生き返った前後のことなど、内容に気を遣いつつあれこれ聞いてみた。そして今のところわかったのは、まとめると三つ。

 光里の母はシングルマザーで、光里が小学生の時に亡くなってしまったこと。

 それからは、ここ祖母宅で暮らしていること。

 光里の能力の詳細については本人しかわからないこと。


 中でも驚いたのは、光里も僕と同じで両親がいないということだった。なんでも、光里が五歳くらいの時に父親が行方不明になり、光里の母親はそれから女手一つで光里を育ててきたらしい。でも、過労がたたって、それから暫くして亡くなったとのことだった。


 塞ぎがちで他人とは壁を作っているような僕とは違い、光里はいつも前向きで明るくて、笑顔の絶えない人気者だ。光里にそんな過去があったなんて想像もできなかったし、何より僕は光里のことを何も知らなかったんだと悔しくなった。


 そして一方、肝心の光里の能力については、ということがわかった。


「私も生き返ってから光里ちゃんといろいろお話したんですが、能力についてはあまり話したくなさそうにしていて……」


「いえ、大丈夫です。むしろ、彼女が話したくないことを別の人から聞いてしまわなくて良かったです」


「あなた本当に優しいのね。おばさんも惚れちゃいそうだわ」


「きょ、恐縮です……」


 光里の両親のことを、光里以外から既に聞いてしまっている時点でどうかとも思うが、そこは言わないでおいた。光里も僕の過去を知っているようだし、ここはおあいこということにしてほしい。


 そこで会話が途切れ、お互い緩くなった麦茶を口へと運んだ。思っていた以上に僕の喉は渇いていたらしく、一気にコップの分を飲み干し、さらにおかわり。そんな僕を見て、七宮さんは小さく笑っていた。なんだか恥ずかしくて壁の時計に視線を移すと、針はそろそろ五時を指そうとしていた。


「光里ちゃん、遅いわね〜。ちょっと散歩に出てくるって言ってたんですが」


「いえ。プリントを届けに来ただけですし、光里さんに渡しておいていただければ」


「そうですか。ごめんなさいね、せっかく来ていただいたのに」


「いえいえ。貴重なお話を聞かせていただいてありがとうございました」


 なんとなく帰る雰囲気になったので、麦茶のお礼を言い、立ち上がった……時だった。


「あれ? これって……」


 ふと、そばの棚の上に置いてあった紙に目が留まった。

 それは、手書きの簡単な地図だった。いくつも四角が並んでいて……どこかで、見た気がする……


「あらいけない。出しっぱなしにしちゃってて、ごめんなさい。それは、光里ちゃんに渡したあの手紙よ」


「あの手紙?」


「あら? 私を生き返らせてくれた時に、光里ちゃんから見せてもらってないかしら?」


 私を生き返らせてくれた時…………あ。


「あの時! 光里が確か、お墓の場所が書いてあるって……!」


「そうなの。光里ちゃんがお母さんを亡くした時に送った手紙でして。私もいい歳だったから、もし私も亡くなって、光里ちゃんが寂しくなったら、光里ちゃんの能力で少しの間だけ生き返らせてねって、送ったんです。まさか、本当に生き返らせてくれるとは思いませんでしたが」


 懐かしそうに、そして嬉しそうに話す七宮さんの隣で、僕は呆然としていた。僕はひとつ、大切なことを聞き忘れていたから。


「あの……七宮さん」


「はい、なんですか?」


「えと……あの墓地で生き返った後、確か光里とって、おっしゃってましたよね? もしかして今のが、その約束ですか?」


「えぇ、そうですが……」


「その約束をしたのは……いえ、七宮さんが初めて光里の能力を見たのは、?」


 僕はすっかり忘れていた。そういえばあの時、光里は七宮さんと何かを約束して、それを果たしに来たと言っていた。

 そして、その約束が今七宮さんが言った内容なら、光里が能力を得たのは、おそらくもっと……


「私が初めて光里ちゃんの力を見たのは、十年も前ですね。そういえば……ちょうど光里ちゃんが、お母さんを亡くしたばかりの頃でした」


「十年前……」


「光里ちゃんのお婆ちゃんに用があって、この家を訪ねてきた時に、たまたま見たんです。確か……雀か何か、小さな鳥を生き返らせていたような気がします」


「雀……」


 ショッピングモールでの出来事が脳裏をよぎった。いつもの光里とは違う、壊れてしまいそうな表情が何度もちらつく。

 頭が割れそうなくらいに痛んだ。クラクラした。でも、ここで考えることを止めてはいけない。


「その時はびっくりして、腰を抜かしそうになったわ。だって、目の前で横たわっていた動物が、急に元気になって羽ばたいて行ったんですもの。まぁ、一緒にいた優ちゃんは、腰を抜かしていましたけれど」


「優ちゃん?」


「あぁ、ごめんなさい。私と、光里ちゃんのお婆ちゃんの友達で……そうね、一ノ瀬優子と言った方がわかるかしら?」


「一ノ瀬優子っ!?」


「そう、女優のね。本名は原田優子。まさかあのおっちょこちょいの優ちゃんが女優になるなんて思っても見なかったわ〜」


 マイペースに笑う七宮さんの前で、僕はさらに追加された情報に顔を歪めるしかなかった。

 一ノ瀬優子。

 一人目の、生き返った人だ。

 まさか、ここでその名前が出るなんて……。


「そ、それで……?」


「あぁ、そう。それで、びっくりはしたんですが、その時の光里ちゃん、泣いててね……。さすがにあれこれ聞くわけにもいかなかったから、頭だけ撫でて見なかったことにしたの。それからしばらく優ちゃんと相談して、私たちは光里ちゃんを見守ろうってことにしたんです。あの手紙は、その時に送ったものなの」


「そう、だったんですか……」


 どうやら、話は終わりのようだった。

 でも、僕の頭は以前、フル回転していた。


 十年前。光里のお母さん。雀の生き返り。一ノ瀬優子……――。



 ――ピリリッ!



「わっ!?」


「ひゃっ!?」



 僕のポケットから、突然着信音が響き渡った。この音は……電話だ。


「あ、僕のスマホです……」


「そ、そう……。ふふっ、あなたの声にびっくりしちゃったわ。さ、私にお構いなく」


「は、はい。すみません……」


 この間も鳴り続けるスマホを取り出し、画面を見る。そこに書かれていた名前に、僕は急いで通話ボタンを押した。


「笹原っ!?」


「ぬあっ!? うるせーな。ふつー、電話の第一声は『もしもし?』だろ」


 五日ぶりに聞く笹原の声に、軽口。さっきまで高鳴っていた心音が少しずつ落ち着いていく。


「あぁ、悪い。それで、どした? 美咲さんの容体は……?」


「親友である俺の調子より、その姉を優先かよ。まぁ、いーけど」


 小さく笑う彼の口調に、そうでないとほぼ確信する。でも、直接聞くまでは安心できなかった。別の要因で、心臓がドキドキと再び音を立てている。




「さっき、目を覚ましたよ。お前に会いたいから来てくれ、とさ」




 窓の外では、午後五時を知らせる音楽がやけにゆったりと、茜色の空に流れていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る