第31話 気づかぬうちに


 翌日の朝。

 登校するには少し早く、人影も疎らな生徒玄関前。

 雨除けの屋根を支える石柱の前で、今度は光里に呼び出されていた。


「私たちのクラスはこの辺りまで席とか置くから、陽人たちのクラスはこの辺りからテント置いてくれると助かる!」


「了解」


 まぁ、ただの打ち合わせなんだけど。


 でも。昨日美咲さんにあんなことを言われると、否が応でも多少なり意識してしまう。

 身振り手振りに合わせて揺れる艶やかな黒髪や、生き生きと一生懸命に説明する彼女の表情。

 朝から照り付ける眩しい陽射しに負けない笑顔に、ふとした拍子に香る甘い匂い。


「どしたの?」


「いや、べつに」


 やっぱり、美咲さんに今度改めて文句を言っておかねば。

 不思議そうにこちらを見つめてくる光里から目を背け、僕は密かにそんなことを決意する。

 

「あ、そういえば、さっき美咲さんからメッセージが来たよ!」


「えっ⁉︎」


 タイミング良くその名前が出て、どきりと心臓が跳ねた。


「え、なに、どしたの?」


「い、いや……と、ところで、どんなメッセージが来たんだ?」


 油断も隙もないズボラなお姉さんに内心舌打ちを返しつつ、心の動揺を気取られないよう、僕は慌てて話題を逸らしにかかる。


「え? えと……なんかね、サプライズボックスが半分ほど完成したみたい」


 納得のいかない顔をしつつも、光里は特に追求することなくスマホの画面を見せてくれた。ホッと安堵する……間もなく、今度は画面の奥に釘付けになる。


「え、これ……マジで?」


「ね、すごいよね! 私もさっき見た時はびっくりして思わず一人で声あげちゃった」


 恥ずかしそうに光里は笑うが、無理もない。画面に写し出されたサプライズボックスは、想像以上の出来だった。

 

 一見すると、白い箱にいくつかのイラストが施されたシンプルな箱。何枚か角度を変えた写真が載っているが、どれも大して変わらない。


 ところが。蓋を開けた写真は、その様相が一瞬で変わっていた。


 まず目を引くのは、箱の中央部分。びっくり箱のようにバネを使って飛び出す細工が施されており、実に彼女らしい。でも、その先端にあるのは舌を出した顔ではなく、幼い頃の笹原と美咲さんを撮ったピースサインのツーショット。お手製のカラフルなバネの側面にも、キャンプや海、誕生日、旅行と、たくさんの写真が貼られている。

 四つある側面部のうち二つにも、ミニアルバムやらパラパラ漫画やらと仕掛けがなされていた。


「美咲さん、すごいな」


「うん。ほんと尊敬しちゃう」


「それと、スピードもすごい。昨日はまだパーツ作ってたのに……」


 口に出してから、しまったと思った。


「え? 昨日?」


 案の定、光里は訝しげな表情を浮かべて僕を見ている。


「昨日、美咲さんのところに行ったの?」


「あ、あぁ……まぁ」


 ちょっと変なことを言われただけで、別に後ろめたいことは何もない。なのに、僕の声は若干上擦ってしまった。


「何をそんなに慌ててるの?」


 彼女の綺麗な瞳に、変な光が宿る。まるで恋バナの種を見つけたかのような、そんな眼光が……


「おい待て。何を勘違いしてる」


「美咲さんと何かあったの? ねっ! どうなのっ?」


 嬉々とした表情で迫ってくる光里。もはや打ち合わせはそっちのけ。後ずさる僕に、彼女はグイグイと距離を縮めてくる。


「何もない」


「うそだー!」


 何度鼻孔に触れても慣れない独特の香りに、


 ――あの傷って、一組の?

 

 ――だろ。それと、二組の光里さんか。


 ――ったく、なんで……


 再三晒された、好奇と嫉妬と羨望が入り混じった周囲の視線。


 いつもなら、苛立ちと諦めが渦巻いている心中が、


「教えてよー! いいじゃん、私と陽人の仲なんだし!」


「そんな親しい仲になったつもりはない!」


 照れくささと、高揚らしき感情に満ちていることに、


「けちー」


「ほら! もう予鈴鳴るし、続きは放課後な!」


 今さらながら、僕は驚いていた。



 ***



 どうにかこうにか光里の追求を逃れると、登校してきた時間の割にはいつもより遅く教室に入った。


「おーっす」


 席に着くなり、笹原がいつもの調子で絡んでくる。しかし、その表情は心なしかニヤけており、次に発する言葉が嫌でもわかった。


「なんにもないぞ?」


「まだ何も言ってねーよ」


「顔に書いてあるんだよ」


 それだけ言うと、我慢しきれなくなったのか、笹原はさらに悪戯っぽい笑みを深めた。


「朝っぱらからお熱いこって」


「だから、そんなんじゃないって」


 光里の次は笹原か。どうしてこうも僕の周りには好奇心旺盛な人ばかりがいるのか。


「んじゃ何してたんだよ?」


「え? いや、それは……」


 彼の言葉に、つい視線を逸らす。

 さすがに、お前のプレゼントのことだとは言えない。どう返答したものかと頭を巡らせるため、一瞬でも口籠ったのがいけなかった。


「ほらー! やっぱりそうじゃん!」


「だぁーもう! だから違うって!」


 彼の顔からはこれでもかと興味が溢れていて、弁明を受け入れるような余地は微塵もない。


「早く吐いて、楽になっちまいな」


 挙げ句の果てに、変な刑事のモノマネまでする始末。そろそろ予鈴が鳴る時間だが、一向にその気配もない。


「はぁー、マジで何もないって」


 本当にどうしたものか。ここは敢えて受け入れてサプライズに気づかれないようにするか。あーでも、それだと……


「ふ〜ん? お前の顔はとてもそうは見えなかったけどな?」


 妙な気恥ずかしさが浮かんだのと、彼の変に真面目なトーンの言葉が飛んできたのは、ほぼ同時だった。


「は?」


「まっ、いいけどな」


 その言葉を最後に、待ち焦がれていたはずの予鈴が鳴り響いた。ガタガタとみんなが自分の席に着き始め、笹原も軽く手を振って戻っていく。


「なんなんだよ」


 僕の心には、何とも言えないもやだけが漂っていた。


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