第30話 その心に比例して
「ところで、光里ちゃんとはどうなの〜?」
「へ?」
窓を閉めようと立ったところに、唐突に美咲さんの上擦った声が飛び込んできた。
「隠さなくたっていいよ〜。光里ちゃん、可愛いもんね〜」
横目で見ると、目尻は少し垂れて口角は上がっている。これは、完全に面白がっている時の表情だ。
「あのですね。僕と光里はそんなんじゃありませんよ」
視線を戻し、ガチャリと窓の鍵を閉める。外は結構な本降りになっていた。
「え〜。うそだ〜」
「うそじゃありません。ただ隣のクラスってだけですよ」
確かに最初会った頃に比べると仲良くなっていると思うし、あの喧嘩というか疎遠になった一件以来、距離が近くなったのも事実だ。でも、恋愛対象かと言われれば、それは違う気がする。
「ふ~ん?」
明らかに納得のいっていない声が、僕の背中を微かに刺激する。
「ただ隣のクラスってだけ……ね」
「なんですか」
意味深なつぶやきの連続に、僕は堪らず振り向いた。
「いや、なんでもないよ~。ただ……」
台紙に切り込みを入れる作業を再開しつつ、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「伝えられない後悔だけは、しないようにね」
また、少し重みのある声が、僕の鼓膜を震わせた。
「え?」
「君を見てるとさ、なんか昔の私を思い出すんだよね〜」
ゆっくりな口調に対し、相変わらず切り込みを入れるスピードが速い。でも、その目線は台紙の、その先を見ているようだった。
「……私、学生の頃は結構頑固でさ。意固地になって、大切な人に気持ちを伝えられなかったことがあるの」
「それは、告白……とかですか?」
「まぁ、そんなところ」
恥ずかしそうに笑いながら、美咲さんは肩をすくめる。
恋愛話。いつもなら、興味がないと言って打ち切っているところだが、不思議とそんな気は起きなかった。
「喧嘩、しちゃってさ。好きなのに、結局そのまま言えずに……ここまで来ちゃったんだ」
そこでまた、彼女は手を止めた。
視線をゆっくり持ち上げると、風とともに窓を叩く雨の出所へ向ける。
「その……その人とは……?」
「それ以来、会ってないよ」
それは。やっぱりどこか、寂しそうで。
「だからさ。君もつまらない意地とか張ってないで、気持ちは伝えられる時にしっかり伝えておきなよ〜」
そしてやっぱり……優しかった。
「は、はい……」
雨音だけが響く病室で、美咲さんが醸し出す雰囲気に当てられ、僕は頷くことしかできなかった。だから……
「……ぷっ。アハハッ! や〜っぱり! やっぱり光里ちゃんのこと好きなんだ〜!」
「な、な、なっ⁉︎」
こんなふうに態度を百八十度変えるなんて、思ってもみなかった。
「ほらほら、お姉さんに話してよ〜。この前のショッピングモールで、何があったかとかさ〜」
「美咲さん!」
悪戯っぽい微笑みを浮かべ、あれやこれやと追求してくる彼女の勢いに比例するように、激しさを増した雨風が頻りに窓を揺らしていた。
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