第29話 面影


 放課後。

 僕はまた美咲さんからメッセージで呼び出しをくらい、病院へと足を運んでいた。


「美咲さん、人をパシリにしないでください」


 ベッドの脇にあるサイドボードの上に、頼まれていたお菓子の袋を雑に置く。


「アハハ、ごめんごめん。ありがと〜」


 美咲さんはプレゼント作りの手を止めて謝ると、早速バリバリとお菓子の包みを開いていた。本当にわかってるのか、この人。


「こぼさないでくださいね。僕は光里と違って面倒見は良くないので」


「しないって〜。それに、君も十分、面倒見いいと思うけどね〜」


 袋からつまみ上げたポテチを、彼女は見せつけるようにヒラヒラと振った。そしてそのまま、口の中へ。


「……別に。ただ、気が向いただけです」


 居心地の悪い視線から逃げるように、足元に置いたカバンから飲み物を取り出す。そしてそのまま、乾いてもいない喉にお茶をグビグビ流し込んだ。


 ここ最近、美咲さんと接する機会が増えてわかったこと。


 彼女は、美咲さんは……姉に似ている。


 自分勝手でわがままで、とにかく自由奔放。

 でも、どこか憎めなくて、優しくて、周りを振り回しつつも笑顔にしていて。


 僕はきっと、美咲さんの中に姉を見てしまっている。だから……


「ふーん、そっか〜。まぁ、なんでもいいんだけどね〜」


 美咲さんは特に気にした様子もなく、香ばしい匂いを振り撒きながらお菓子を食べ続けている。少し開いた窓から生温かい風が吹き込み、彼女の髪をしなやかに揺らした。子供っぽい動作に、大人っぽい雰囲気。なんとも不釣り合いだ。


「そんなことより、美咲さん気をつけてくださいね。あいつ、『姉さんが変だ』って気にしてましたよ?」


 これ以上、この話題は続けたくなかったので、僕は学校での出来事を持ち出した。


「えっ!? うそ〜! バレたの?」


 すると、びっくりしたように彼女は僕の方を見た。その拍子に、手からポテチがこぼれ落ちる。


「いや、バレてはいませんけど、今のままだと時間の問題のような気も……」


 主にあなたの態度のせいで、とまでは言わない。さすがにその辺りは自分でもわかっているだろうし……


「ぐぬぬ〜……さすが私の弟。一切素振りは見せていないのに、その慧眼……賞賛に値する」


 お腹あたりに転がっている食べ損ねたポテチを拾い食いしつつ、彼女は唸った。

 あ、ダメだこりゃ。

 僕の中で、サプライズを成功させるために一度は釘を刺さねばという僅かばかりの思いやりと、いくばくかの妙な悪戯心が芽生えた。


「いや、美咲さんのわかりやすい態度が問題だと思います」


「え!」


「すごくご機嫌だって言ってましたよ」


「えぇ⁉︎」


「一ヶ月前から修学旅行を楽しみにしてる中学生だとかなんとか……」


「そ、それ以上言わないで〜」


 矢継ぎ早に放った言葉に、美咲さんはみるみる顔を赤くさせて布団にうずくまってしまった。少しやり過ぎたか。


「ま、まぁ……態度に出さないようにしていきましょう!」


「ぜ、善処します〜……」


 明らかにトーンの落ちた声が、モゴモゴと聞こえてきた。その打ちひしがれた様子には、ただただ苦笑するしかなくて。


 でもその声は、やっぱりどこか上擦っているようで。


 本当に笹原のことを想っているんだな、というのが伝わってきて。



 少しだけ、羨ましかった。



 ***



 歓談混じりのお菓子タイムが終わると、美咲さんはプレゼント作りを再開した。


 今作っているのは、サプライズボックスの仕掛けのひとつ。蓋を開けた時に、一番最初に目に飛び込んでくる中心部分だ。


「すご……」


 そのあまりに素早く慣れた手つきに、思わず驚嘆の声が漏れた。等間隔に付けられた印に沿って、小さく切った台紙をミリ単位でずらして貼り合わせている。さらによくよく見ると、台紙には用途不明の非常に小さな切れ込みや折り跡もあり、すぐに僕如き不器用の出る幕はないと悟った。


「ふふっ、ありがと〜。手先の器用さだけは自信あるのよ〜」


「そ、そうなんですね」


 そんな手際の良さとは対照的に、美咲さんの声はどこまでものんびりとしている。本当につかみどころのない人だ。

 

 他にやることもなく、本来ならこの辺でお暇して学校に戻り、文化祭の準備をするのが良いんだろう。

 でも、お菓子タイムが終わった時に、「まだもうちょっといるよね〜?」と嬉しそうに言われたばかりで、さすがに「そろそろ帰ります」とは言い出しにくかった。

 手持ち無沙汰になって何となく視線を彷徨わせていると、ふと、少し開いたサイドボードの引き出しに目が留まった。


「これ……」


 そこにあったのは、プリクラより一回りほど大きいミニ写真。空気で膨らませたおもちゃのプールで笑い合う男の子と女の子が写っている。


「あぁ、それ? 小さい頃の、私と幹也だよ〜」


 美咲さんは作業をする手を止め、引き出しからその写真を取り出した。


「このサプライズボックスに貼る写真なんだ〜。親に頼んで、サイズも調整してもらったの」


「そうなんですか」


 写真を眺める美咲さんの眼差しは、とても優しげだ。おそらく、当時のことを思い出しているんだろう。


「あの頃は楽しかったな〜。一緒にお風呂とかも入ったりしてさ〜。まぁ、幹也ももうすっかり大きくなって、今じゃ入ってくれないけどね」


「いや、当たり前でしょ」


 この歳になってまで一緒に入っていたら、それこそいろいろと問題がある。


「ん〜まぁ、そうなんだけどさ〜」


 彼女はそっと写真を撫でる。楽しかった昔を懐かしむように。


「やっぱりちょっと、寂しいっていうか……」


「美咲さん?」


 彼女の声色が不意に歪んだ気がして、思わず名前を呼ぶ。でも、美咲さんは小さく首を横に振ると、「ちょっと感傷的になっちゃった〜」といつもの調子で笑いかけてきた。


 窓の外では、いつの間にか広がっていた灰色の雲から、疎らな雨が街へと降り注ぎ始めていた。

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