第26話 楽しいひと時
なんだか可笑しくなってひとしきり笑った後。
僕たちは暑い日差しと怪訝そうな視線に追われるように、ショッピングモールの中へと足を踏み入れた。
「思った以上に空いてるね」
「まぁ、平日だしな」
これが休日だったら、こうはいかないだろう。右手に見える香ばしい匂いが立ち込めるパン屋や、少し奥まったところに並んでいる雑貨屋には、これでもかと人が並んでいるはずだ。
「じゃあ、早速買って届けよ!」
気合を入れるように、うしっと光里が意気込んだ。そんなに肩肘張るようなものでもないが、確かに責任は重大。
今日僕たちは、笹原のサプライズ計画の要ともなるサプライズボックスの材料を買いに来ているのだから。
「で、何いるんだっけ?」
「えーっとねー……」
僕の問いかけに、光里は美咲さんから預かっていたメモ用紙を取り出した。なぜか、「当日ショッピングモールに着くまで見ないで」と言われたのでまだ中身は知らない。四つに折りたたまれた紙を開き、二人で覗き込む。
なになに……はさみに、のりに、厚紙に、色紙に、たこ糸に、マスキングテープに……。
……。
「なんか、百均で揃いそうだな」
「そだね」
さっきまでの気合はどこへやら。
拍子抜けした僕たちを差し置いて、メモ用紙の向こうで美咲さんが悪戯っぽく笑っているような気さえしてくる。まったく、あの人は。
「あれ? まだ続きがあるみたい」
メモ用紙には他にもズラリと細かい文房具や雑貨が並んでいたが、下の四分の一ほどはスペースが余っていた。これで終わりかと見せかけて、わざわざ二枚目にいったい何を、などと思っていると、光里の所作に合わせてそれは視界に飛び込んできた。
――ふたりで、デートしてきなさいね♡
整った字で、一枚目とは違い、大胆にもメモ用紙の真ん中に、そう一言だけ。
顔が、一気に熱くなったのがわかった。
デート? 何を言ってるんだあの野郎の姉さんは。弟が弟なら姉も姉……――
「「あ」」
罫線の間に綴られた意地悪な言葉から目を背けたくて顔を上げると、鼻先が触れそうな距離に、光里の顔があった。目をぱちくりさせて、何も言わずに僕のことをじっと見つめている。
ほんのりと赤くなった頬。スッと通った鼻筋。長いまつ毛の下にある黒くて大きな瞳には、呆けた顔の僕が映っている。
「ご、ごめんっ!」
「い、いや。こちら、こそ……」
どっかのバカップルみたいなやり取りが、ショッピングモールの入り口で繰り広げられていて。
あぁ。これも見越しての「メモ用紙」だったんだなと、僕は改めて美咲さんへの警戒心を強めることに決めた。
*
そんな美咲さんからの二枚目のメモ用紙は目の届かぬところへ仕舞い込み、一枚目のメモ用紙だけを持って僕たちは百均の売り場へと来ていた。
僕たちの目当てである手芸用品はもちろん、ガーデニングや洗濯用品、お菓子、インテリア雑貨など、所狭しととにかくなんでも置いてある。いったいどこの誰がこれを百円や二百円で売ろうと考えたのか。絶対に儲からないだろ、とは思うものの、そこは普通に儲かっているんだろう。
「ねねっ! これ可愛くない?」
どこまでも現実的な思考にふけっていると、ぐいっと袖の端を引っ張られた。その勢いのまま、光里が指す方へ視線を移す。
そこには、色とりどりのシンプルな布生地が壁にかけられていた。赤っぽいタータンチェックに、黄色と白の水玉模様。爽やかな水色のストライプに、今の季節とは真逆のノルディック柄まで。その中でも光里のお気に入りは、薄いブラウンのギンガムチェックみたいだった。
「へぇ、意外だな」
壁から垂れている布に触ってみる。思っていた以上にすべすべしていた。
「えーそう?」
僕の真似をしてか、彼女もその表面を軽く撫でる。
「もっとこう、明るめのものが好きなのかと思ってた」
「ふふん、陽人もまだまだだね」
音符がついてそうな口調で、光里は得意げに笑う。何がまだまだなのかはわからないが、なんだか無性に悔しい。
「ほーう。なら僕はどれが好きなのか当ててみてよ」
僕の中にある対抗心が燃え始めてしまったようで、思わずそんな言葉を投げかけていた。
「え、これでしょ?」
しかし彼女は迷うそぶりも見せずに、ある一点を指差す。その先には、荒々しいタッチのドラゴンが描かれた布が。
「おい。僕は中学生か」
「アハハハッ」
そんなどうでもいいやり取りもしながら、僕たちは順調に頼まれたものを買い物カゴに入れていった。
そうしてメモ用紙に書かれた材料の三分の二ほどを買い終えた頃。
少し休憩しようと、僕たちはショッピングモールの外に併設されたカフェへと腰を落ち着けていた。
「ふぅ。結構買ったな」
隣の席に置いたパンパンのエコバッグに目をやる。底が抜けないか心配なくらいだ。
「そだね。それにしても、ちゃっかりエコバッグ持ってるのは笑ったな~」
「いいんだよ、別に」
相槌を打ちつつもしっかりと茶化してくる光里。本当に相変わらずだ。
人の少なかったショッピングエリアとは異なり、店内はそこそこ混んでいた。パソコンに向かって難しい顔をしているサラリーマンに、大学生と思しき集団、そして僕たちと同じように学校帰りらしい高校生まで。それぞれが思い思いの方法で、このひと時を過ごしている。
「そういえば、学祭の準備ほっぽり出してきちゃったけど、大丈夫かなぁ」
アイスティーをのんびり吸っていた光里が、思い出したようにスマホを取り出した。
「準備、あんまり進んでないのか?」
「いや、そんなこともないけど。私、学級委員だからな」
「……大丈夫なの?」
「たぶん?」
光里は苦笑いを浮かべ、数回タッチやらフリック操作を繰り返す。
「あー……」
光里の指が、そこでピタリと止まった。
「どした?」
「これ……」
より深めた苦笑いとともに僕に見せてきたスマホの画面には……
≫光里ごめん!
≫買い物終わったら一回学校寄って欲しい!
≫やらかしちゃいましたー♡
送信時刻は十分前。
クラスチャットに投稿されたそのコメントの下には、「ごめん」を表す手を合わせたスタンプが十種類ほど並んでいた。
「……え」
「よし。あと回るお店は二箇所。さっさと行こ!」
呆然とする僕の傍ら、早くも光里はすごい勢いでアイスティーをすすっていた。そして飲み終わるや否や、かけていたカバンとエコバッグを引っ掴む。
「あ、おい」
「ほらー、早く行くよ!」
「いやてか、すぐ戻った方がいいんじゃ……」
荷物は少し多いが、正直残りの買い物は僕ひとりでもできる。あの冗談混じりの文面やコミカルなスタンプたちを見た感じ、逆に緊急性が高そうだし、すぐ学校に行くのが懸命に思えた。
「ううん、大丈夫」
しかし、光里は首を横に振った。
「途中で、投げ出したくないし!」
何かを決意するように、光里は言った。
そんなに中途半端が嫌いなのか。
光里らしいな、なんて思いつつ。
僕もエコバッグを肩にかけて、駆け出そう…………とした時だった。
「あ……」
光里の足が、ピタリと止まった。
彼女の視線は、目当てのお店があるショッピングモールの中でも、ましてや学校に行くための駅の方でもなく……
近くに植え替えられた茂みの方へと、向けられていた。
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