第24話 サプライズ計画


「やっほ〜! 元気してた〜?」


 だだっ広いエントランスを抜け、真新しいエレベーターで五階まで上がり、つきあたりにある病室の扉を開けると、病院に似つかわしくない明るい声が漏れてきた。


「美咲さん……」


 入ってすぐ、僕は目を疑った。

 真っ白な床と壁。白いシーツとカーテンに、薄い水色の病衣。汚れの一切を排除した清潔な病室の中で……美咲さんはパリパリとポテチを頬張っていた。


「み、美咲さん! こぼれてますよー!」


 後から入ってきた光里が、美咲さんを見るや否や急いで駆け寄った。何をそんな慌てて、と思う間もなく、その理由が判明した。


 ポテチの欠片が、女性特有の柔らかそうな膨らみの上に乗っていた。さらに美咲さんは病衣を少し着崩しており、目のやり場に困ることこの上ない。


「いや〜、ごめんね〜光里ちゃん。ついこの漫画に夢中でさ〜」


 思わずフイッと目を逸らしたが、視界の端では美咲さんが悪戯っぽく笑っていた。絶対確信犯だな、この人。


「理由になってません! さすがにこの格好でそれはダメです!」


 そんなだらしない彼女を、まるで妹の世話をする姉のように、手際良くきれいにしていく光里。どうやら、僕の知らないところで、二人はもうすっかり仲良くなっていたみたいだった。


「お〜さすが光里ちゃん。ありがと〜! 次からはもう少しシャンとしてるね〜」


 全く信用のならない言葉をのんびりと放ちながら、美咲さんは空になったポテチの袋をポイっとゴミ箱に放り込んだ。後で怒られるような気もするが、まぁそれくらいのお灸は必要だろうと僕はスルーしておくことにする。


「……それで、私と陽人を呼んだのは、どうしてですか?」


 僕と同じようにスルーを決め込んだらしい光里は、そのままベッド脇の丸椅子に座った。僕もそれに倣うように、隣の椅子に腰をかける。


「おぉ! そうだった! いや〜、危うく忘れるところだったよ〜」


「忘れないでください。三十通もメッセージ送っておいて」


 つい数時間前に送られてきた、「果物とか花はいいからとにかく今日学校が終わったら来て欲しい! あ、お菓子は欲しい!」とかなんとか書いてあったメッセージたちを思い出す。ちなみに、駄々をこねられても嫌なので、お菓子は一応買ってある。


「私も、八十二は、ちょっと……」


 少し強気に言った僕とは対照的に、げんなりとした様子で光里はつぶやいた。しかし、当の送り主は悪びれる様子もなく、「まぁまぁ、いいじゃないの〜」と宥めている。いや、あなたがそれをやりますか。


「美咲さん、それでいったい……」


「では早速! 二人とも来てくれたことだし本題に入りますか〜!」


「話を聞いてくださいよ」


 病人とは思えない明るさとマイペースさで、美咲さんは楽しそうに話し始めた。



 *



 美咲さんが興奮した面持ちで熱弁し、ひと段落したところで、盛大な拍手が隣で響いた。


「いいですねー! 面白そうっ!」


「でしょー! さっすが光里ちゃん!」


 いつぞやのお祭りの時みたく、ハイタッチを交わす光里たち。やっぱりこのテンションにはついていけないな、なんて思いつつも、美咲さんの提案は純粋に面白そうだった。


 美咲さんが僕たちに計百通を超えるメッセージを送ってまでやりたかったこと、それは……――笹原の、誕生日サプライズだ。



 笹原の誕生日は再来週の木曜日だ。

 どうやら、その時に美咲さんは笹原に内緒で一時帰宅届を出し、あいつが家に帰ってきたところをクラッカーで盛大に出迎えたいらしい。そのほかにもサプライズのプレゼントやらケーキやらといろいろ準備をしているらしく、僕たちにその手伝いをしてほしいとのことだった。


「ところで、僕たちは具体的にどんなことをすればいいんですか?」


「お? 陽人くんもノリノリだね~」


「そ、そんなんじゃないですよ」


 相変わらずペースがつかめない。笹原もマイペースだが、さすがはその姉。さらに一段上を行くようだ。


「もう~、照れなくてもいいのに~。まっ、からかうのはこの辺にして……。二人にお願いしたいのは、サプライズで送るプレゼントの材料集めなの!」


 からかいの余韻を含ませた面持ちのまま、美咲さんはずいっとスマホを見せてきた。

 思うところはあるものの、とりあえず素直にその画面を覗き込む。そこには、いくつもの写真や複雑そうな意匠が施された「サプライズボックス」なるものの紹介サイトが表示されていた。


「えっ! 何これすごい!」


 僕と同じように画面を覗き込んでいた光里が、いち早く食いついた。その驚異の反応スピードに呆れつつも、確かに画面の向こう側には「すごい」としか表現できないような箱が何種類も表示されていた。


「これはね、サプライズボックスっていうの。思い出の写真とか小物とか、あとはちょっとした仕掛けなんかもある面白い箱なんだよ〜!」


 光里に負けず劣らずのハイテンションで、美咲さんは早口にそう説明した。


「へぇーー! でも結構難しそうですけど大丈夫なんですか?」


 光里の素朴な問いかけに、僕も頷く。画面に映っているものはどれも精巧な作りをしていて、手先の器用さが求められそうだった。あえて言葉には出さないが、さっきのポテチ案件からも実に大雑把そうな美咲さんには難しいように思えた。


「ふっふっふ〜……侮るなかれ、お二人さん。こう見えて実は私、デザイナーやってるんだからっ!」


 そこで、衝撃の事実が美咲さんの口から飛び出した。


「え?」


「美咲さんが、デザイナー……?」


 光里も僕も、呆気にとられていた。

 

 美咲さんが? いかにも手先とか不器用そうなのに?

 ツッコミ待ちだろうか。なんて失礼なことを考え、まさに口に出して言おうとした時。


「えーー! すごいっ! どんなものデザインしてるんですか!?」


 光里が目を輝かせて身を乗り出した。その勢いに、さすがの美咲さんも少し身体を引いている。


「え、えーっと。仕事してた時は、身近な生活用品とかデザインしてたよ。インテリア雑貨とか、家具とか」


 そう言うと、美咲さんはベッド脇のサイドボードからスケッチブックを取り出した。ペラリと表紙を一枚めくると、この美咲さんの手先から生み出されたとは思えないような見事なイラストが現れた。


「マジか」


「すごいっ! かわいいっ!」


 要所要所にアクセントが施された食器に、使いやすさを意識したクローゼット、ガラス容器の中に細やかな意匠が組み込まれた置物など、そこには様々なデザインがあらゆるアングルで描かれている。


「まぁこれは趣味程度の、私の頭の中にある案段階のものだけどね。どうも紙の方が良くてさ、思いついたものはすぐに描けるよう、常に持ち歩いてるんだ~」


 さっきまでの興奮した調子とは打って変わり、落ち着いた口調で美咲さんは短く微笑んだ。


「美咲さん?」


 なんか、美咲さんらしくない……?


「さっ! ということで、私の技術力はもう充分でしょ? 二人には、このサプライズボックスを作るための材料を買ってきてほしいの!」


 僕の言葉は聞こえなかったのか、美咲さんは特に気に留めることもなく、材料の書かれたメモ用紙を渡してきた。


「あ、それなりに時間もないから、明日にでもよろしくね~」


 文化祭の準備があることを知っているにもかかわらず、相変わらずマイペースな美咲さんの発言に、僕たちは揃って苦笑いを返した。

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