第22話 ごめんなさい
それから僕たちは、輪投げに、焼きそばに、たこ焼きに、金魚すくいに……と時間の許す限り屋台を楽しんだ。笹原への違和感は気になったが、とりあえず今は光里との関係をどうにかするのが先だ。……文化祭の折衝を上手くこなすためにも。
しかし、そんなすぐに解決できるのならこんなに四苦八苦していない。
結局、屋台を回っている間はろくに光里と話せず、美咲さんに振り回され、人混みに押しつぶされ、気がつけば花火まであと少し、という時間になっていた。
「あー! 楽しかった〜!」
ボラ遠でも行った河原までの道すがら、笹原の押す車椅子の上で、美咲さんは満足気に伸びをした。
「だから危ないって姉さん。移動中くらいは頼むから大人しくしててくれ」
「え~。どうしよっかな~」
「どうしよっかな~じゃねーよ! マジでやめろって」
本日……もう何度目になるか数えるのも嫌になるくらい見ている姉弟の言い合いに、僕はほとんど無意識に肩をすくめる。ほんと、仲良いよなこの二人。
「ふふっ。仲良いよね、笹原くんと美咲さん」
その時、ちょうど思っていた感想が、すぐ隣から聞こえた。
「……ああ、そうだな」
ちょっとだけ迷って、僕は返事をする。
それほど大きくない道幅。肩が微かに触れ合うような位置に、光里がいた。
「いいな~。私にも姉弟がいたらな~」
姉弟、という言葉に一瞬ドキリとした。自分で思うのと、光里に言われるのとではやはり違う。でも、彼女の言い様は感じたまま、思った通りというふうだった。僕のことを知っているような、探るような、そんな雰囲気はない。
ちらりと、彼女の方に目を向ける。
僕たちの歩いている十裏川沿いの道には、それほど街灯はない。数メートルおきにぽつぽつとある程度で、あとは月明かりのみだ。そんな薄暗がりの中で、彼女は柔らかな微笑みを浮かべて、少し前を歩く笹原たちを見ている。
「……あのさ」
彼女の横顔に向けて、口を開く。
今なら、言える気がした。
「ん? なに?」
透き通った黒い瞳が、僕を見つめた。月の光に照らされて、とても綺麗に、輝いていた。
「……あ、えっと……――」
つい見惚れて言い淀んだ、その時。
――ドオォォンッ!
夜空の彼方から聞こえた爆音とともに、彼女の瞳の中で光の花が弾けた。
ドオオォォン、ドオォォォンッ!
続けて、二発。今度は音のした方へ、視線を向けた。
「うわぁ……! きれい……っ!」
星空に輝く、色彩鮮やかな大輪の花たち。緑に、黄色に、赤に、青。
牡丹のように開くものもあれば、しだれ桜のように落ちていくものもある。
そしてそれらは、光里の感動した声の通り、すごく綺麗だった。
ドオォォン、ドオォォォォン!
ドオォォォン!
僕たちは会話を止めたまま、ひたすら花火に見入っていた。
ドオォォン!
ドオオォォォン!
ドオオォォォォン……――
「――陽人、ごめんね」
破裂音だけが響いていた中、不意に光里がつぶやくように言った。
「え?」
驚いて、彼女の方を見る。
「この前の、ボラ遠のこと。私、陽人の気持ちも考えずに、変なこと言っちゃったから……」
「それって……」
「……私が最初に生き返らせた一ノ瀬さん、結構ギリギリだったんだ。その時、十年経つと生き返らせるの無理なんだってわかって……陽人の大切な人は、そんなことないようにしないとって思っちゃって、さ……」
彼女は、話している間も花火を見続けていた。その瞳には、さっきよりも歪な形の花火が浮かんでおり、今にも零れそうだった。
「大切な判断なのに、急かせるようこと言ってごめんなさい。……こんなんじゃ、信用してもらうなんて、夢のまた夢だよね……」
今度は僕の方に顔を向けて、自嘲気味に小さく笑った。でも、それは堪えきれずに、頬を伝って落ちていった。
ああ、違った……と思った。
僕はまだ、心のどこかで、光里のことを疑っていた。
でも、違った。
彼女が、あの対向車に乗っていたはずがない。
僕の家族を崖下に突き落として、逃げて、何事もなかったかのように過ごしているような人たちなんかじゃ、ない。
「いや……! 僕の方こそ、ごめんっ!」
自覚すると、どっと罪悪感が押し寄せてきた。
「なんか変な勘違いしてて、それでちょっと、距離置いてしまって……」
一方的な思い込みで、光里を傷つけていた。その事実は、想像以上に重く、僕の心にのしかかってきた。
「だから、光里はその……全然悪くなくて、全部僕のせいだから……その、ごめん!」
花火がフィナーレに向けて鳴り響いている最中、その音にかき消されないよう精一杯叫び、頭を下げた。
光里は確かに、不思議な力を持っている。
ただ、それでも。
今ではもう――大切な友達だった。
昼休みに笑う彼女の笑顔は、年相応の女の子で。
美味しそうにアイスを頬張る彼女の横顔は、とても幸せそうで。
あの時河原で心配してくれた彼女の優しさは、本物だった。
また一緒にお昼を食べたい。
光里と、笹原と、また笑いながら他愛のない話をしたい。
どこかむずがゆくて、照れくさくて、憧れていた日々を、もう一度送りたい。
もっと早くに、気づいておくべきだったのに。
日常の大切さは、誰よりも知っていたはずなのに。
どこかで僕はひねくれて、それを認めたくなくて、自分から拒んでいた。
光里や笹原との日々は、そのことに気づかせてくれた。
そんな大切な、何気ない日常をまた送りたいと、心からそう思った。
……。
…………。
「えと……陽人、その……顔を上げて?」
どれくらい、そうしていたのだろうか。
戸惑った声が頭上から聞こえ、僕は顔を持ち上げた。
なんだろう。ずっと突き放すような態度とってたし、やっぱり……。
「その、そこまで全力で謝られると、どう対応していいか困っちゃう……よ?」
「……へ?」
間抜けな声が、口から漏れた。
「アハハハッ、陽人! 天之原さんが困ってるぞー?」
気がつくと、花火の音はすっかり止んでいた。いつの間にか笹原たちは近くに来ており、僕たちと同じように花火を見に来ていた人たちからは変な視線を向けられている。
「え……っと?」
「その……、陽人の気持ちはわかったよ。それに、私もやっぱり悪いと思うから、おあいこ」
笹原たちが近くにいるからか、それだけ言って光里は短く笑った。
その顔には、もう涙の跡はなくて。
ひたすらに眩しい、笑顔だけがあった。
「そっか。その、ありがと」
それにつられて、僕も久しぶりに、笑顔を向ける。
「あー良かった! これでまたいつも通り昼飯食べられるな!」
がしりと、運動部らしいたくましい腕が僕の肩に乗せられる。
「むぅ〜、『だーれだ?』作戦だけじゃダメだったか〜」
その後ろでは、心底悔しそうな美咲さんのつぶやきも。
いつもならうっとおしく感じられるそのどれもが、今は本当に心地良く、心の中に沁みていった。
*
「……本当に、ごめんなさい」
花火が終わり、まばらに人が散っていく中。
誰にも気づかれないつぶやきが、そっと闇夜に溶けていった。
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