第21話 花火祭り


 公園からしばらく歩いたところにあるお祭り会場は、予想通り混んでいた。

 ちょっとした空き地の周囲に、たこ焼きや焼きそば、射的、金魚すくいなど定番な出店が囲うようにして並んでいる。その中央には小さな櫓があり、初老ほどのおじさんが勇ましく太鼓を叩いていた。


「お~。今年もいろんな屋台があるね〜!」


 のんびりとした口調とは対照的に、忙しなくあちこちへと目移りしている美咲さん。その右手には、早くも入り口付近の屋台で買った綿飴が握られている。


「姉さん。頼むから普通に座っててくれ。弟の俺が恥ずかしい」


 そんな美咲さんの後ろでは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら笹原が車椅子を押していた。


「いーじゃない。こういうお祭りは楽しんだもん勝ちなの。ねっ? 光里ちゃん?」


「はい! それはもう間違いなく!」


 美咲さんの問いかけに、前を歩いていた光里が勢いよく振り向いた。その拍子に、彼女の目の前でも小さく綿飴が揺れる。


「お! さっすがー! よしっ。光里ちゃん、車椅子押してよ〜。一緒にあそこの輪投げやろう〜!」


「ふぁいっ!」


 残りの綿飴を口に含み、もごもごと返事をした光里は笹原と交代し、そのまま美咲さんと輪投げの屋台に行ってしまった。あとには、野郎二人がポツンと取り残された。


「お前の姉さん、すごい人だな」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。


「だろ? 嵐のような姉だよ。さすがの俺も全く敵わない」


 やれやれと笹原は肩をすくめる。でもそれは同時に、どこか嬉しそうでもあった。


「どした?」


「ん? 何が?」


「いや、敵わないとか言っておきながら、なんか嬉しそうだし」


 つい、聞いてしまっていた。


 なんでだろう。今までの僕なら絶対踏み込んだりしないのに。


「珍しいな。陽人がそんなこと聞くなんて」


 案の定、彼は不思議そうな顔をした。まぁ、そうだよな。僕でさえ不思議に思ってるんだし。


「いや、ただの気まぐれ。忘れてくれ」


「ふーん? まぁ別に大したことじゃねーよ。姉さんが、いつも通りで良かったなぁって思っただけ」

 

 忘れてくれと言ったのに、彼はスルーしてその理由を話し始めた。


「姉さんさ、実は病気なんだ。神経難病っつーの? 原因わかんないけど、神経が仕事してくれなくて、それで上手く歩けないみたいでさ」


 彼は、少し離れた所で楽しそうに輪投げに興じる美咲さんたちへと目を向けた。その視線は、どこか儚げな雰囲気をはらんでいるように見えた。


「病気になった当初は、かなり塞ぎ込んでた。俺がお見舞いに行っても目も合わせてくれなくて、さっきみたいな言い合いもなくて。ほんと、どうしていいかわからなかった」


 視線の先の美咲さんは、そんな過去を感じさせない笑顔で輪っかを放っている。かと思えば、両手を上げて光里とハイタッチをした。どうやら、狙い通りのところに入ったみたいだ。


「……でもさ。次第に元気になってきて、また前みたいに少しずつ話せるようになった。全く元通りってわけにはいかねーけど、また笑うようになってくれた」


 僕たちの視線に気づいたらしく、美咲さんは輪投げの景品であるブレスレットを僕たちに向けてひらひらと振った。その破顔した表情は人懐っこくて、笹原にそっくりだった。


「だからさ、こうやっていつも通り、前みたいに笑ってお祭りに行けるのが、幸せだなぁって思っただけ。……陽人もさ、あんまり意地ばっか張るんじゃねーぞ」


 そこで、笹原もくしゃりと笑った。でもそれは、美咲さんの笑顔とはどこか違っているように見えた。


「笹原、お前……」


「あー! なになに〜? 野郎二人してどんな恋バナしてたの〜?」


 いつの間にか近くに来ていた美咲さんは、からかうように笹原をこつく。「んな話、こんなとこでしてるわけねーだろ!」と彼は叫び返していた。


 どこか違和感を感じた、取り繕ったような笑顔はもうそこにはなく。

 頭上に幾重にも吊るされた提灯の淡い光が、仲良く戯れ合う姉弟の日常を優しく照らしていた。

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