第17話 漣立つ胸中


「今日から文化祭の準備が始まります。この前決めた役割に従って――」


 一限目のホームルームで、文化祭の概要や日程、以前決めた出し物の内容、準備の役割分担表などの説明が行われていた。


 僕たちの高校は文化祭にやたらと力を入れていて、地元では割と有名だ。役割決めや出し物決めはボランティア遠足前に、本格的な準備は一か月以上前から始まるという気合いの入れようである。そのおかげか、一般開放されている二日間の文化祭は、例年多くの人が訪れていた。


 二年生の出し物は模擬店で、僕たちのクラスはたい焼き。模擬店の人気度では中くらいなのだが、手ごろに食べられ味も毎年いろいろ出るので、特に外部の来校者には人気があった。

 ちなみに、隣の光里のクラスは二種類のドリンクと二種類のデザートを出す簡易カフェ。人気度は高く、全九クラス中五クラスが志望し、最後は各クラス実行委員による大盛り上がりのじゃんけん大会だった……と、こっそり見に行ったらしい光里が話してたっけ。


「おい、陽人」


 話半分に説明を聞きつつぼんやりしていると、不意に話しかけられた。声のした方を振り返ると、笹原が立っていた。


「あれ、笹原? 説明中だぞ、なにしてんだ?」


「バッカ、もう終わったよ。当日の役割に分かれて打ち合わせだ」


 笹原が指差す先では、同じ役割を担うクラスメイトたちが集まっていた。


「ああ、そうなのか」


「大丈夫か? 朝もぼーっとしてたけど」


「大丈夫、大丈夫。行こうか」


 なんでもないふうを装って、僕は席を立った。


 実際は、あまり大丈夫ではなかった。


 僕が当日担当するのは、たい焼きの生地作り。主に家庭室にこもって延々と生地を作る。まぁもちろんそれだけではなく、人手が足りないときは宣伝や焼く側にも回らないといけないのだが、そんなことは今はどうでもいい。

 事前準備の役割が、やばいのだ。理不尽なくじ引きで決まった僕の役割、それは、隣のクラスとの場所決めや協力してのテント、イス、テーブルなどの配置、その他諸々の折衝だった。そしてその相手が……


「あの、すみませーん! 折衝担当の人、来てくださーい!」


 澄んだ声が、教室内に響いた。入り口に目を向けると、気まずげな表情を浮かべた光里と目が合った。


 くそっ……。


 まとわりつくような視線が、僕と光里に向けられる。

 その大半は、好奇。

 元々異色のグループとして見られ、さらにここ最近、急に教室で昼食をとらなくなったことも原因なんだろう。なんにせよ、気持ちのいいものじゃない。

 居心地の悪い空気の中、僕は打ち合わせの輪から外れ、彼女の方へ足早に向かった。


「おい、恥ずかしいからもっと小さな声で呼べよ」


 周囲への苛立ちか、はたまた久しぶりに話しかけたこともあって緊張していたのか、口調がやたら強くなってしまった。やってしまった、と思う間もなく、光里はシュンとした表情で、


「ごめんね……」


 と謝ってきた。


 いや、今のはこっちが悪い。ごめん。


 と言うこともできず、僕はただ


「べつに……」


 としか返せなかった。

 そのまま数秒、感覚的にはもっと長い沈黙が流れた。


 謝らないと……だよな。


 これから文化祭に向けていろいろと打ち合わせをすることも多いのに、最初からギクシャクしていてはお先真っ暗だ。僕は数瞬の逡巡の後、どうにか彼女の方へ目を向けたが、


「……じゃあ、行こっか」


 僕の謝罪で破るべき沈黙を、光里が解いた。

 そしてそのまま、どちらともなく歩き出す。


 ……どうすっかな。


 自分の不甲斐なさと、これまでのことも含めてどうにか謝りたいとの思いに、僕の心中は穏やかではなかった。



 ***



 梅雨もそろそろ開けようかという夏晴れの中、僕は先生からテントやテーブル、イスなどの配置について説明を受けていた。僕以外にも数人、各クラスの折衝担当が配布されたプリントを片手に集まっている。

 さすがに教室でのホームルームみたいに聞き流すと後から責任を問われそうなのでそこそこしっかりと聞いているが、心の中はため息の嵐だった。


 集合場所である生徒玄関前に着くまでに謝れず、必要なテントやイスなどの数の確認のときには事務的なやり取りしかできず、所用で遅れた先生が来るまでの二十分の間ではまともな会話すらできなかった。やけどの痕から元々人を避けていることもあるが、こんなにも自分はコミュニケーションが苦手だったのかと落ち込みたくなってくる。


「――と、以上が配置についての説明です。なにか質問のある人はいますか?」


 そうこうしているうちに先生の説明が終わった。後半は半分くらいしか聞いていなかったがそんなことは言えず、質問する人もいなかったのでそのまま解散となった。

 今度こそ謝らないと、と目で光里のことを探すが、既に別のクラスの友達らしき人と学校の中に入っていくところだった。


 まぁ、また今度でいいか。


 逃げ腰の自分にそう言い聞かせようとしたとき、


 ピロリン。


 制服のズボンの後ろポケットから機械質な音が鳴った。いつもは先生に見つからないようマナーモードにしていたので最初は自分のものだとはわからず、校内に戻ろうとしていた他の生徒の視線で僕のだと気づいた。


「あぶな」


 思わず独り言が漏れる。先生に見つかっていたら没収されるところだった。

 とりあえずマナーモードにしてから周囲に先生がいないのを確認し、通知が来ているメッセージアプリを起動する。


「え?」


 笹原からだった。あいつも今ごろは別の仕事をしているはずだがなにしてんだ。


 ≫よう、ダメだったみたいだな


 まるで見ていたような言い方だった。咄嗟に教室の方の窓を見上げたが、覗いているような人影はない。


 ≫余計なお世話だよ


 そう返事を返すと、すぐに既読がついた。ほんとになにやってんだ、あいつ。


 ≫ここでひとつ、提案があるんだが


 この次の返信を見てすぐ、画面の奥で彼がニヤッと笑っているのが容易に想像できた。


 ≫来週の花火祭り、誘ってみたらどうだ?


 焦る僕の頭上で、のんびりと授業終了のチャイムが鳴り響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る