第12話 忘れていた喧騒


 カラン。

 色とりどりの容器が、袋の中でぶつかり音を立てた。赤や青、緑、透明なものまで、それらはあらゆる人を惹きつけようと工夫を凝らしたデザインをしており、開発者の努力がうかがえる。でももちろんそれは、この空き缶たちに中身が入っていたらの話だ。


「あーめんどいなー」


 春の日差しに逆らうように背伸びをする。幾分手の先が青空と近くなるも、届くには至らない。どこまでも深い青に、思わず目を細めた。


「そう言いながら、結構ゴミ拾ってんじゃねーか」


 後ろから笹原の声が聞こえた。そして、僕の持っているゴミ袋を軽くこつく。その拍子に、再び袋の中で音が鳴った。


「いやゴミ拾いもそうだけど……」


「天之原さんとのことか?」


「……」


 笹原の問いかけに僕は答えず、視界の端に見つけた白い塊を、支給されたトングでつまみ上げた。

 ティッシュ。

 燃えるゴミだな。


「俺らだけで決めて悪かったよ。でもまぁ、いいじゃねーか」


 遠足は楽しい方がいいだろ? と笹原は笑いかけてきた。


「そうじゃなくて」


 遠足が楽しい方がいいのはわかる。でも、なんでそれがあいつを誘うことになるんだ。今でさえ、四六時中顔を合わせているというのに。


「天之原さんも、陽人と歩きたそうだったぜ?」


「はぁ?」


 なんで、と言いかけたところで答えが頭の中に降ってきた。


 信用とやらを得るため、か。


 心の中でため息をつく。

 今になって、自分の言ったことの迂闊さが身に染みていた。まさかここまで構ってくるとは思ってもみなかった。


「まぁでも、いいじゃん。友達なんだろ?」


 そう言うと彼は僕を追い抜き、ポイポイッと目立つゴミを片付けていく。


 友達。


 笹原の言葉の中に違和感を感じ、頭の中で復唱する。


 やっぱり違うな。

 僕と光里は、そんな関係じゃない。

 言葉では形容しがたい、知り合い程度の間柄だ。


「お? 噂をすればなんとやらだ」


 その声につられ顔をあげると、数十メートル先で彼女が手をひらひらさせていた。



 *



 いつもより随分と涼しげな風が、頬をなでた。たぶん、僕たちが歩いているすぐ真横に、大きな川が流れているからだ。


 僕たちが歩いているのはその川沿いにある土手で、川との間には芝生が生い茂っている。いかにも遊べそうな芝生は当然として、土手上のこの道はランニングやらサイクリングやらのコースになっており、人通りもそこそこにあるため、今回のボランティア遠足のルートになっていた。……まぁ、担当は僕たちのクラスじゃないんだけど。


「でも、合流できてほんとよかったね!」


 会う前に集めたのであろうゴミの入った袋を持ったまま、光里はその場でクルッと一回転した。その足取りに合わせて、袋の中でカラカラと音が鳴る。


「予定よりも遅くなっちまったからな。でもこれで安心だ」


 笹原は嬉しそう、というよりどこかホッとした様子で言った。


「ほんと仲いいよな、お前ら」


 常識的に考えて、僕なんかよりも笹原の方が光里とはお似合いだと思う。

 笹原はよく僕にちょっかいをかけてくるが、それは別に他に友達がいないとかそんな理由じゃない。笹原は人当たりが良く、クラス内だけでなく光里のクラスにも友達が何人もいる。実際、今回合流した光里の班のメンバーのうちの一人は笹原の友達だ。


「いやいや、陽人と天之原さんには負けるって」


「なんで」


「だってもう二人は名前で呼び合ってんじゃん?」


「それは光里が……」


「あー、女の子に恥をかかせるつもり?」


 いやだって本当のことだろ、と言いたかったがやめておいた。

 笹原は腹を抱えて笑ってるし、光里はなにやら反撃の準備が完了しているとばかりににやけている。


「あ、それより! 笹原くんも私のこと名前で呼んでよー」


「いや〜呼びたいのはやまやまだけど、陽人に睨まれそうで……」


「睨まねーよ!」


「あ、ほら!」


 前の熱が冷めないうちに、またケラケラと笑う笹原たち。

 最近、なぜかこの二人にからかわれることが多くなったな、と僕は心中ため息をついた。

 そんなやり取りをさらに三回ほど繰り返したころ、笹原が思い出したように口を開いた。


「いや、でもほんとに合流できてよかった。俺、帰りは早退して学校まで行けないから」


 見ると、彼は少しバツの悪そうな顔をしていた。


「どうかしたのか?」


 いつもなら「ふーん」で済ませるのだが、今回は少しだけ気になることがあった。彼の声に僅かだけど暗い色が含まれているような、そんな感じがしたから。


「まぁ、ちょっと病院に」


「病院?」


 疑問だった。

 笹原は陸上部に所属していることもあって、病欠どころか風邪気味にすらなったところを見たことがない。病院なんぞ、笹原とは無縁の場所だと思っていた。


「体調でも悪いの?」


 そんなことは知らない光里が心配そうな表情を浮かべる。


「あー違う違う、俺じゃないよ。姉さんが入院してて、そのお見舞いに」


 ドクン、と肋骨の下で心臓が脈打った。それとほぼ同時に、頬のやけどの痕がズキズキと痛み出してきた。

 久しぶりのこの感触に、僕は一瞬戸惑った。



 はは、もう十年も前の話だろ……。



 心の中で冷静に、客観的に、繰り返し唱える。すると、高鳴っていた胸や熱い頬が鳴りを潜めていった。おそらく数秒も経っていないのだろうが、感覚的にはもっと長く感じた。


「へぇー……そうなのか」


 何事もなかったかのように、僕は返事をした。

 チラッと二人の様子を伺うも、「病院が近くてさ」、「あー、もしかして飛田総合病院?」と談笑を続けており、気づいていないようだった。


「つかさ、それがなんで光里の班と合流することになるんだ?」


 ホッと胸をなでおろしつつ、怪しまれないよう会話に加わる。


「いやだって、俺がお見舞いに行ったら、学校までの帰り道が陽人ひとりになるじゃねーか」


「……別にいいけど」


 さも僕がひとりで帰れないかのように言い切る笹原に、さっきとは別の場所がふつふつと煮えてくる。いったい僕をなんだと思っているのか。


「というか、光里なんかと帰るよりむしろ僕ひとりのほうが――」


「あれぇ? 別に俺は天之原さんと帰ってくれなんて一言も言ってないんだが?」


「……」


 こいつ……っ。

 今度はさっきと同じ場所、というよりもっと広い顔全体が熱くなるのを感じた。


「そっかぁ。私と帰るところを考えてくれてたのかぁ」


 にやにやと笑みを浮かべる光里は、のんびりした声でつぶやいた。

 かと思えば、いきなり「あっ!」と叫んだ。


「っていうより! なんで私と帰るよりひとりで帰るほうがいいの⁉」


 薄ら笑いから一転、彼女は不満げな表情全開で迫ってきた。ふわっと花のような甘い香りが鼻腔をつつく。


「そんなもん、聞かなくたってわかるだろ?」


「じゃあさっきは、どうしてあんなこと言ってくれたの?」


「んなもん、特に理由なんて……――」



 あーだこーだと言い合いをしている傍らで、時報のサイレンが呆れたように十一時半を知らせていた。

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