第2章 近づく距離と、遠ざかる理想
第10話 悩みの種
じりじりと暑い日差しが肌をさしてくる。体感温度だけなら夏と変わらないくらいで、来る途中の気温計も期待を裏切ることなく二十七度を指していた。
まだ梅雨前なのに、随分とせっかちな太陽だな。
恨みがましく心の中で愚痴りつつ、いつものように生徒玄関をくぐった。
「おはよー!」
ひときわ明るい声が鼓膜に届くと同時に、軽く肩を叩かれた。でも僕は特に返事をすることなく、そのまま下駄箱を目指して歩き続ける。
「ちょっとー、朝の挨拶は基本だよー?」
ポンポンポン、と何度も肩に小さな衝撃が加わる。まるでそれは、構ってほしい犬がとにかくまとわりついてくるようだった。でもそこには、そんな癒しの欠片は微塵も感じられない。
「ねぇねぇー」
「わかったわかった。オハヨーオハヨー」
「挨拶は一回」
「それは返事じゃね?」
「なんでもいいの。とにかくもう一度」
そんなどうでもいい朝のやり取りが始まって、もう二週間以上が経過していた。
あの七宮さんの一件以来、光里は毎日のように会いにきては挨拶やら昼食やらと絡んできた。学校一の人気者から気にかけられるのは悪い気はしないが、それはこいつがただの人気者だったらの話だ。それに、幾度となく付きまとってくる理由も僕は知っている。
「おー、また朝からいちゃついてんな〜お二人さん」
「あ、笹原くんだ。おはよー!」
「そんなんじゃねーよ」
タイミングを計っていたかのように、笹原が会話に割り込んできた。
「おはよー、天之原さん」
「ほらー! 普通はこうしてしっかり返してくれるんだよ!」
「僕は普通じゃないから」
「もうー」
「はいはい、その辺にしとけよお二人さん。もたもたしてると予鈴なるぞ」
笹原の言葉に、光里は「うそっ⁉」と壁にかかっている時計に目を向けた。
時刻は八時過ぎ。
予鈴まで、あと十分だ。
「やばっ! 朝に学級委員の集まりがあるんだった!」
ごめん、先いくね! と光里はダッシュで隣の下駄箱に向かっていった。
あとには男二人と、未だに嫉妬の視線を向けてくる隣のクラスの男子が数人取り残された。
「なぁ陽人。お前ほんと最近天之原さんと仲いいよな」
内履きに履き替えながら、笹原はからかうような視線を向けてくる。
「だからそんなんじゃねーって」
同じように履き替えると、スニーカーを空いた下駄箱に放り込んだ。溜まっていた砂ぼこりがふわりと舞い、外へと漏れ出してくる。
「そんなこと言っても誰も信じないぞ。俺ももう応援するって決めたし」
「心変わり早いな」
最初はあんなに抗議してきたのに。というか、抗議し続けてくれたほうが光里も絡んでこなくなりそうなので、今思えばそっちの方がありがたかったな。
「俺の場合は憧れだからなー。恋心とかはなかったし」
「僕もないよ」
「はいはい」
呆れたような返事の後、「それよりさ」と笹原は話題を変えた。
「今日のボラ遠、どうするよ?」
「別に。どうもしないよ」
すると、僕の返事をかき消すように予鈴のチャイムが鳴り響いた。
悩みの種は尽きないな、と思った。
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