第7話 流れゆく風景、変わる雰囲気


「ところでさ、そろそろどこに行くのか教えてくれよ」


 つり革に掴まり、窓の外に視線を留めたまま彼女に尋ねる。

 電車に乗った後も彼女、もとい光里は行き先を教えてくれていなかった。いくら聞いてものらりくらりとかわされるばかりで、しかもその度に必ずと言っていいほどいじってくる。それほど親しくもない人気のある女子にからかわれるのは、いろいろな意味でストレスだった。


「えー、どうしよっかなー」


 光里は、もう聞き飽きたフレーズを、もう見飽きた小悪魔笑顔で口にする。


 めんどくせー。というか、そもそも事情も行き先も聞いていない僕が、なぜ付き合わされなければいけないのかがわからない。適当に用事をつくって断れば良かったと、今さらながら後悔した。


「ねぇ、もう帰っていい?」


 声色と表情に、これでもかと迷惑オーラを含ませる。それでも光里は、気にも留めていないとでも言うかのように、わざとらしく考えるポーズをとった。


「んー、そうしたら私は、デート中に陽人に逃げられたって友達に泣きつくしかなくなるかな」


「……僕を殺す気?」


「陽人が死んだら、私は全力で生き返らせるよ!」


 笑えない冗談の後に、謎の意気込みを見せる彼女に僕は苦笑する。なんだか、もう既に光里には勝てる気がしなかった。


「とまぁ、冗談は置いておいて……」


 そこで、光里の雰囲気がふっと変わった。表情は特に変わっていないのに、さっきよりもどこか儚げで、落ち着いた感じ。俗世から切り取ったような、そんな独特のオーラが彼女からにじみ出していた。


「今向かっているのはね、倉森だよ」


「……え? 倉森?」


 彼女に目を奪われたのと、久しぶりに聞いた地名に、一瞬返事が遅れる。でも彼女は気づいた様子もなく、そうだよ、と静かに答えた。


 心を落ち着かせるために、たった今聞いた行き先について脳内検索してみる。そこでヒットしたのは、閑静な住宅街と一面に広がる田んぼが特徴のただの田舎、というフレーズだった。

 訳あって、何度か車に乗せられ通ったことがある。窓の外から見える田舎独特の田畑に、ぽつぽつと立っている平屋。そうした前時代的な田園風景を抜けて中心地に近づくと、住宅の数が一気に増える。百年くらい建っているんじゃないかと思うような古ぼけた家もあれば、いかにも新築なんですとアピールしているような真新しい一軒家もある。

 色とりどり、年代いろいろの住宅が立ち並ぶ光景を思い浮かべていると、唐突にそれが目の前に広がっていった。


「もうすぐだね」


 落ち着いた声が聞こえたかと思うと、その声質にはどうやっても敵わなそうな車内アナウンスが耳を衝いた。と同時に、車窓の外を流れる景色の動きが徐々に遅くなっていく。それにあわせて、おそらく眼前に建ち並ぶ家々のどれかが帰る場所なのであろう人たちが、忙しなく席を立ち始めた。


「ほら、私たちも行こ」


 歩き出す光里に促され、足元に置いていたカバンを手に取ろうとかがんだ時だった。



「二人目を生き返らせに、ね」



 多分、普通じゃ聞こえないような音量でつぶやいたんだと思う。

 でも。僕の耳の奥にははっきりと、彼女のささやくような声がこびりついていた。


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