第6話 約束と後悔
笹原と、普段話したこともない男子たちの尋問を耐え抜いた放課後、僕は裏門を目指していた。理由はもちろん、彼女から逃げるためだ。
内容がどんなものであれ、彼女と一緒にどこかに行けば第二の波乱が巻き起こることは目に見えている。僕はなるべく人と関わりたくない。彼女の誘いをブッチすればそれはそれでなにか言われそうだが、おそらくまだマシだ。それに昨日のこともあるので、極力彼女とは顔を合わせたくなかった。
生徒玄関を抜け、正門とは反対側の通路を目指す。通路は主に体育でグラウンドに行くときに使うもので、登下校で通る生徒はほとんどいない。さらに、正門からは木々やら茂みやらで死角になっているので、当の本人にも気づかれる心配はない。
しかし万が一のことがあっては面倒なので、僕は足早に通路を抜ける。そのまま角を二回曲がると、裏門に当たる移動式の鉄柵が見えた。裏門に人影はなく、夕方前の淡い陽だまりがいくつかできているだけだ。
駅までは少し遠回りになるが、おそらく無事に帰れるだろう……と思った矢先、
「さっ、駅まで行こうよっ!」
今一番聞きたくない声が、僕の耳に入ってきた。
「……どうしてここにいんの?」
わざわざ裏門まで回った僕の苦労を返してほしい。一方の彼女は、きょとんとした顔で僕を見る。
「それは私のセリフだと思うんだけど。正門はここじゃないよ?」
「わかってるよ! てか、僕は行くなんて言ってない!」
思わずムキになって返す。しかし彼女は涼しい顔をして、ふふっ、と笑った。
「うん。きっと来ないだろうなって思ったから、生徒玄関前で待ってたんだ」
正門で待ってなくて良かったよ、と彼女はほっと息をついた。よくよく見ると、少しだけ息があがっている。多分、裏門に向かう僕を見かけて追いかけてきたからだろう。
「ふぅ……でも、橘くんはすぐにわかったよ」
呼吸を整えつつ、彼女はなぜか得意げに言った。
「そりゃ、顔にこんな痕があるからな」
これで目立たないほうがおかしい。おそらく、巨大テーマパークでさえ人混みから浮いて見分けがつくだろう。
「え? 誰も痕で見つけたとは言ってないよ?」
「はぁ? じゃあどうやって見つけたんだよ」
見たくなくても目に入るような目印を持つ人を見つけるのに、その目印を使わないとはどんな要領をしているのか。やけどの痕の話を避けているふうでもないので、余計に気になった。
「ふふん、それはね……女の勘よ」
語尾に音符がついてそうな口調で彼女は言った。
「……これは、ツッコめばいいのか?」
「うーん、ウケなかったからスルーで」
「……」
「えっと……ちなみにだけど、人の流れからひとりだけ外れてたのですぐ見つかりました」
どうしようもないオチだった。
実は、やけどの痕の話を持ち出したのは距離をつくるためだった。これまで会っただいたいの人は、やけどの痕の話をすれば答えに窮し、口数が減っていった。気まずい沈黙さえつくれれば、後は自分から去るだけで自然と距離を置くことができる。
でも、彼女は違った。上手くかわしただけかもしれないけど、やけどの痕の話を気にすることなく、普通の会話に持ち込んだ。こんなのは、笹原以来だった。
「なぁ、どうしてそこまでするんだ?」
いろいろ気になって、無意識にそう聞いていた。
どうして僕なのか。
なんで僕の生き返らせたい人にこだわるのか。
なにが彼女をそうさせているのか。
「だって、私のこと信用してくれるまで、生き返らせたい人、教えてくれないんでしょ?」
昨日の約束事をなぞる彼女の言葉に、そうじゃない、と思った。だけど僕は、口を閉ざしたままなにも言わなかった。
***
失敗したな。
彼女の斜め後ろを歩きながら、そっとため息をつく。
昨日、僕は結局「生き返らせたい人」についてなにも言わなかった。彼女の能力を認めたくないという思いもさることながら、そもそも彼女自体が信用できなかったからだ。「生き返らせたい人」を聞いてその人を生き返らせるとは限らないし、彼女の真意がどこにあるのかもわからない。彼女にそれを聞いてもはぐらかされるだけだった。
そこで、「もう僕に構うな」と言っておくべきだった。
何を思ったのか。こちらからの質問をかわし続ける彼女に、それならばと、僕は「信用できるようになるまでは教えない」と言ってしまった。
その結果、僕は今日一日あちこちで彼女に絡まれ、それに伴って質問攻めに合い、さらには貴重な僕の放課後まで潰されている。
「そういえばさ、信用ってどうすれば得られるの?」
駅までの道すがら、そんな僕の心境など知る由もなく、彼女はド直球にそう聞いてきた。
「知らないし、知ってても君に教えるわけないだろ。自分で考えてよ」
「えー。冷たいなぁー」
言葉とは裏腹に、特に気にした様子もなく彼女は足早に前へと歩いて行く。夕暮れ前の少し冷たい風が、彼女の後ろ髪をなびかせた。
「それより、さ」
吹いた風を巻くように、彼女がくるっと振り返った。
「私のこと、君、じゃなくて名前で呼んでよ」
立ち止まった彼女が前かがみになって顔を覗き込んでくる。見慣れない上目遣いに、思わずドキマギしてしまう男の性が悔しい。
「なんで?」
そんな胸中を悟られぬよう冷たく言い放つ。顔に当たる日差しが、やけに熱く感じた。
「んー、なんとなく。あ、天之原って長いし、なんか変だから光里って呼んでね」
「やだよ」
そんなことを言おうものなら、絶対に笹原を含めた男子に絞め殺される。
「あ、そっか。私だけ名前で呼んでもらうのは不公平だもんね。大丈夫! 私も陽人って呼ぶから!」
「いや、そういうことじゃなくて……てか、今さらだけどなんで名前知ってんの?」
見当違いの心配に、僕の名前まで知っている事実。いよいよ彼女のことがわからなく、そして気味悪くなってきた。
「え? んー……あっ、だって、隣のクラスだし?」
今思いついたような言い訳と、てへっ、という効果音が似合う照れ笑い。
彼女の信用はそう簡単に上げないようにしよう、と僕は心に決めた。
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