第4話 消えない言葉
春の日差しが、昨日と変わらない眩しさで坂道を照らしていた。木の葉の隙間から漏れ出るそれらをかわしつつ、僕はいつもと変わらない坂道を、いつもと変わらないペースで上っていく。
「昨日は、なんだか変な日だったな」
特に意識するでもなく、脇にある茂みへと目をやる。そこから、それが飛び出して来る気配はない。
正直、夢でも見ていたんじゃないかとさえ思う。女優を生き返らせたのは私だの、あなたが生き返らせたい人は誰だの、そんな非現実的なことに時間を割いている暇は僕にはない。そんなものに時間を費やすくらいなら、英単語の一つでも頭に入れた方がずっといい。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に視界が開けた。どこまでも広がる青空の下に、ポツン、とミニチュアのように置いてある駅。その近くには、小さなコンビニとドラッグストアが一つずつ。あと見るものといえば、直方体だか正八面体だかを組み合わせた、意味の分からないオブジェくらいだ。そのほかにあるのは住宅だけ。ちなみに駅に行くには、これまでと打って変わり、ちょっとした下り坂を歩かなければならない。
「この地形、どうにかなんないかな」
なだらかとはいえ、坂道を十分以上かけて歩いてきたのに、今度は下らせるとか効率が悪い。もっとどうにかできなかったのかと、登下校するたびに思う。
「まぁ、どうでもいいか」
こんなこと、僕がどう思ったって変わることじゃない。もちろん、僕以外にも同じことを思っている人は一定数いるかもしれないが、数が増えたからといってどうにもならないことは変えようがない。
そしてそれは、生死についても同じだ。
「生き返らせたい人、か……」
坂道を下りながら、僕は昨日の質問を口の中で転がす。
彼女はなにを考えて、あの質問を僕に投げかけたんだろう。仮に本当に人を生き返らせることができるなら、あの女優のような、もっとほかに生き返らせるのに相応しい人が大勢いるはずだ。自分の身内でも、多くの人から惜しまれた大物芸能人でも、どこかの国のお偉いさんでも……。
視線の留め先を探すように、周囲を見渡す。
平日の朝は人が多い。小さな駅のホームでも、通勤や通学の時間は普段の都会並みの人が行き交っている。ランドセルを担いだ小学生や、パリッと固いスーツに身を包んだ初老くらいの会社員。スマホに目を落として髪を整えているOLらしき女性に、必死に単語帳にマーカーを引いてる高校生。多分、この中のほとんどの人は僕よりも社会的な評価や価値は高いんだろうな、と、怪訝そうに僕の顔を見つめては逸らす人たちを見て思った。
朝の満員電車に揺られながら、何気なく窓の外へと視線を移す。
――その女優さんを生き返らせたの、私なんだ
彼女の言葉が、声が、脳内でリフレインしていた。手に持った単語帳は、さっきから一ページも進んでいない。
――ねぇ。あなたが生き返らせたい人は、だれ?
単語帳を強めに閉じる。パタンッ、と小気味良い音が電車内に響いた。近くにいた何人かが迷惑そうにこちらを見る。
「そんなの、決まってるだろ……」
僕の声は、すれ違う電車の走行音にかき消されていった。
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