王として彼はそう答えた

 前マモナ国王。

 昨夜のジェイクの話では三ヶ月前のポールとの政権交代の際に失踪したという話であったが、その話が本当であれば彼はそれからずっとこの場所に囚われていたということになる。その名はたしか――


「……いかにも。私が前マモナ国の国王、カールで間違いない。まさかそこまで分かっていたとは」


 対面する牢の中の男――カール・マモナは自らをカール本人であると認めてヴィクターの言葉を肯定する。

 予想通りの相手だっただけにヴィクターも驚くことはしなかった。せいぜい驚いたといえば、思っていたよりもカールの返答がしっかりとしていたことくらいだろう。


 ――どうやらただやり場に困って、牢にポイ捨てした……というわけではなさそうだね。


 フィリップはこの王であった人間に、まだなにか利用価値を見出しているのだろうか。


「まぁ、フィリップアレは使えるものは絞りカスになるまで使うタイプだからね。前の王がここに捕らえていたとしてもおかしくはない、か。おおかた……豚王ぶたおうに国民の鬱憤うっぷんがたまったところで、キミを洗脳して反乱でも起こさせるつもりなんだろう。あとはキミたちを相打ちにでも見立てて、横から政権をかっさらっていくつもりなのさ」


「そんなこと、なんのためにするというのだ」


「自分が豪遊したいだけだよ。チヤホヤされて、甘い蜜を吸いつくして、もう使えないと判断したら別の国へ移動する。昔からそうやって拠点を移動してきた男だからね」


 自分でそう言いながら、よく何十年、何百年とつるんできたものだと改めて感心する。

 もちろんヴィクターもフィリップとともにそうして王宮を乗っ取ったことは何度もある。その中でキリがないほど、彼の策には付き合いきれないと思ったこともあっただろう。

 しかしそれでも今まで手を貸していたのは、単純に彼らがヴィクターの思うように腐れ縁であったからなのか――それとも、他に善悪を教えてくれるような、正しい道を教えてくれる人間が身近にいなかった二人であったからこそ。世界の言う『正しい』を知らないまま生きてきた二匹の獣は、二百年前の過ちを犯していたのかもしれない。


 ――だが、今のワタシには……別の生き方を知った『ヴィクター』には分かる。きっとフィリップやポールがおこなっている行為は褒められたものではないのだろうね。もしも彼らの愚行ぐこうを止められる者がいるのだとすれば……


「……時にカール前王。実のところ、ワタシは今夜この牢を抜けてクラリスを取り返しにいくつもりなのだが……キミはどうするんだい。このままそこで、あの豚王ぶたおうのおこないを黙って見ているつもりなのかね」


 その話は実に急なものであった。


「待て……ヴィクターだったな。先ほどまでの話では、お前は拘束されていて、ろくに魔法も使えないのではなかったか? それなのに抜けだすなど……」


「Um。聞いているのはワタシの方だったのだがね……まぁいいだろう。たしかにのワタシは手も足も出すことのできない……それこそ、そこらの人間よりも非力な子犬だろう。だが、それは夜までの話だ」


「夜……だと?」


 ヴィクターには見えない影の中で、カールが眉間にシワを寄せる。

 ずっと牢にいた彼にとってはすでに時間の概念はないに等しかったが、ヴィクターの口ぶりではまだ日が沈むまでに時間があるのだろう。

 だが、夜になることがイコールで牢を抜けだすことができることへ繋がるとは到底思えない。たしかに時間によって魔力の調子が変わる魔法使いもいるとは聞くが、果たしてヴィクターがそうであるのか。

 そう疑問に思うカールの考えは、どうやら不正解のようであった。


「そうさ。順調には進んでいる。作戦の決行は、あのフィリップバカがもう一度ワタシの前に現れた時だ」


「む……言っていることは理解できないが、とりあえず抜けだすアテはある、ということで信じていいのだな」


「もちろん。そのあかつきにはカール前王。キミをその牢から解放してやってもいいが……ここで一つ。キミには決断してもらいたいことがある」


「決断……?」


「あぁ。――キミは、ポール実の息子と国民。これからどちらか一方の幸せしか見届けることができないのだとすれば……いったいどちらを選ぶんだい?」


 ヴィクターがそれまでとは変わって声音こわねを低くして問いかける。

 相手の見えない暗闇の中であっても、ヴィクターはカールが息をのんだことがよく分かった。


「ワタシはこのままクラリスを取り返して逃げることさえできればそれでいい。だが……そうなればまた、あの豚王ぶたおうは愚かな『花嫁探し』なんてものを続けるのだろうね。仮に囚われた女たちを解放したとしても、そんなものは一時しのぎだ。あの男はまたりずに彼女たちを拉致らちするだろう」


「だから、国民を救いたいのであればポールを……息子を殺すことを容認しろとでもいうのか」


「実に物分りがいい。端的に言えばそうなるね。豚王ぶたおうの横にフィリップがいる限りは同じことが繰り返される。それにどのみちワタシが手を下さずとも、いずれ用済みになれば十中八九キミの息子は死ぬよ。死期が早いか短いか、国民に平穏が戻るか戻らないか、それだけさ」


 ヴィクターは適当にそう言っているわけでも、からかい半分にそう言っているわけでもなかった。もちろん善意からでも悪意からでもない。ただ、そうなると。彼には確信があるのだ。


「ワタシは正直どちらでもいいんだ。この国がどうなろうとね。だから判断はキミに任せるよ。親としてと王として……その二つの顔を持つ、キミにね」


「……」


「答えを、聞かせてもらおうか。カール・マモナ」


 そう言ってヴィクターは硬い壁に背中を預けると、前方の二つの鉄格子の先にある暗闇を見つめる。

 彼はあえてこの時、カールをカール前とは呼ばなかった。

 この質問は彼に王としてではなく、一人の人間として問いかけているのだ。変な肩書きで誘導するようなことはしたくない。

 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。きっとヴィクターが感じていたよりも、はるかに長い時間をかけて考えを重ねたあげく、カールは重々しげに口を開いた。


「私は……ポールのことは大切な息子だと思っている。たとえ私の立場を奪い、民を傷つけ、自分勝手なおこないをつづけていたとしてもだ」


「……」


「だが……同じように、私にとっては国民も皆大切な家族なのだ。それゆえに、これ以上息子のおこないで国民が傷つき、悲しむのを黙って見ているわけにはいかない」


「なるほどね。ならばキミは……息子を見殺しにすると。そう言うんだね」


「……あぁ」


 カールが小さくうなづく。

 彼は親として息子のささやかな幸せをとるのではなく、王として大多数の国民の幸せを天秤にかけてとった。

 その答えに。その選択に。カールの姿とヴィクターの中の在りし日のセオドア王の姿が重なる。


 ――あぁ、彼やはり、王としての選択を優先するのか。


「分かったよ、カール。ならばワタシはこの国を巣食う病原菌を取り除く一端を担うとしようじゃあないか。……それに、実際のところキミの答えを聞いて少し安心しているんだ」


「なんだと?」


 ヴィクターの言う安心という単語にカールは内心首をかしげる。

 一方のヴィクターは、久方ぶりに思いだした愛する少女の笑顔を思ってふにゃりと破顔した。

 やはり、記憶の中でも実物でも――彼女は今も昔も笑顔が一番よく似合う。


「この国の人間たちが解放されて、自由になることをクラリスは喜んでくれるだろうからね。これで晴れてワタシも彼女と仲直りすることができる。ありがとう、カール王」

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禍災の魔法使い、メリーバッドエンド後の世界を旅にでる〜王族殺しは他人の城で幸せの花火を打ち上げるのか〜 紅香飴 @redcandy

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