つきのこいびと

@smile_cheese

つきのこいびと

むかしむかし、とある小さな森の奥で

1匹のオオカミが暮らしていました。

オオカミは毎日のように森の動物たちを

追いかけ回し、ひどく怖がらせていました。


太陽の光が心地良い春のはじまりの日。

オオカミは1匹の小さなウサギに出会いました。

ウサギはオオカミを見るなり一目散に逃げだしました。

オオカミも逃がすまいと必死に後を追います。

追いかけっこはしばらく続きましたが、

とうとうウサギはオオカミに捕まってしまいました。


「よし、お前を食べてやるぞ」


オオカミが大きな口を開けてウサギを食べようとしたその時でした。

1羽のカラスが大きな声で叫びます。


「みなさん!もうすぐ夜ですよ!夜が来ますよ!」


カラスの言うとおり、太陽はほとんど顔を隠していました。

すると、どうしたことでしょう。

オオカミはウサギを食べようとするのを止め、

大慌てで森の奥の住み家へと帰っていったのでした。

どうやらオオカミには森の動物たちに知られたくない秘密があるようです。


ぶるぶるぶる・・・ぶるぶるぶる・・・

オオカミは何かに脅えるように震えていました。

その姿は昼間とは違いとても小さく見えました。

するとそこに1羽のフクロウが現れました。


「お前さんは暴れん坊で有名なオオカミじゃないか」


オオカミはフクロウの声に驚き、体を丸めてさらに縮こまりました。


「おやおや、どうしたものか。えらく震えているじゃないか」


オオカミはただ黙って震えていました。


「お前さん、ひょっとして夜が怖いのか?」


フクロウの問いかけにオオカミの体がぴくりと反応しました。

どうやらオオカミは夜に脅えていたようです。


「ほほほ。まさか夜が怖いオオカミがいるなんて」


フクロウは少し意地悪そうに笑いました。

オオカミは怒るどころか泣きだしてしまいました。


「暗いのだけは駄目なんだ」


フクロウはからかったことを少し申し訳なく思いました。

そこで、オオカミのために何か出来ることはないかと考えました。


「夜が怖くなくなる方法を知りたいかい?」


フクロウはやさしく問いかけました。


「知りたい!頼むから教えてくれ」


オオカミはまるで神様にすがるかのように助けを求めました。


「その代わり、もう二度と森の奥のたちを困らせないと約束できるかい?」


オオカミは何度もうなずきました。


「私の後についてきなさい。ゆっくりでいいからね」


そう言うと、フクロウはどこかを目指してゆっくりと飛びはじめました。

真っ暗な森が怖いオオカミは、まともに目も開けられず、何度も何度も木にぶつかりながらフクロウの後についていきました。

フクロウはオオカミをどこに連れていくつもりなのでしょうか。


フクロウが連れてきたのは森から抜けた場所にある小さな丘でした。


「さあ、着いたよ。ゆっくり顔を上げてごらん」


オオカミは恐る恐る閉じていた目を開きました。

その瞬間、オオカミの青い目には黄色く輝く丸いものが映りました。


「あれは、おつきさまと言うんだよ」


フクロウも同じように空を見上げて言いました。


「おつきさま」


オオカミは生まれて初めて見る月を、ただじっと見つめていました。

そして、オオカミは夜であることをすっかり忘れていました。

それを見たフクロウは安心したのか何も言わずに飛び去って行きました。

オオカミはフクロウが居なくなったことにも気付かず、いつまでも月を見ていました。

初めて見る月はとても大きく、とても綺麗でした。

そして、何より優しい感じがしました。


次の日からオオカミは夜になると月を見に行くようになりました。

月は毎晩、少しずつ形を変えていきました。

それもまた、オオカミにとって魅力的に映りました。

雲が月を覆い隠している日もオオカミはずっと丘で待ち続けました。

オオカミはもう夜が怖くありませんでした。

そして、二度と森の動物たちを怖がらせることもありませんでした。



オオカミは月に恋をしました。



オオカミは月に向って自分の気持ちを叫ぶようになりました。

けれど、月はとても遠い場所にいるのでオオカミの声は届きません。

それでも、オオカミは毎晩、丘の上で叫び続けました。

それでも、やっぱり月は何も応えません。

月は今夜も静かに空を散歩しているだけでした。

オオカミは毎晩、大きな声で泣きました。


色鮮やかな葉っぱも落ち、冬が顔を覗かせました。

オオカミの声は次第に枯れていきました。

そして、ついには声が出せなくなってしまいました。

段々と目も悪くなり、月の光もかすかにしか見えません。

それでも、オオカミは毎晩、丘の上から月を見上げていました。


冬の一番寒い日がやって来ました。

オオカミは丘の上で動かなくなりました。

もう叫ぶことも出来ません。

月を見ることすら叶わないのです。

そんなオオカミの姿を見て、月は初めて涙を流しました。

月の涙はやがて雨になり、オオカミを優しく包み込みました。

オオカミの体は光に包まれ、ゆっくりと空に向かって昇っていきました。


長い冬が終わり、季節は春へと向かいます。

月は今夜も静かに空を散歩しています。

小さな小さな星と一緒に。



おしまい。

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