「変われない人たち」シリーズ

CHARLIE

LINEゲーム「ぼくだけのお友だち」 原稿用紙47枚

 また終わりかなぁ……。

 左手に持っているスマートフォンの画面に目を落としている。無料通信アプリLINEの画面。友人とのタイムラインは、わたしが送信したスタンプに、彼女が付けた「既読」のしるしが浮かんだまま、動きが止まってしまった。

 大阪市内の北東の外れ、上新庄(かみしんじょう)のワンルームマンション。近くに大阪内環状線の国道が走っている。そこの街路樹で暮らしているのか、虫の声が部屋まで届いてくる。21時、ガランとした、フローリングの部屋に響いている。

 3か月前、7月の課長代理研修で再会した、同い年で同期の女の子……お互い45歳にもなって「女の子」はないけれど、知り合った頃はまだ10代後半だったのだ。当時はまだ国営だった郵政省の研修所で彼女と知り合い、それ以来およそ30年ぶりの再会だった。彼女は20代後半で同期の男性と結婚をし、今では二人の子どもを育てながら共働きをしていると言う。

「森本(もりもと)さんは?」

 彼女から訊いてきたから、わたしは素直に、相変わらず独身で、今は上新庄で一人暮らしをしているよと答えた。ほかの同世代の女性に身の上を打ち明ける時と同じ空しさが心の中に吹き抜けて、卑屈な笑顔をしていただろうと思う。

「LINEで友だちになろうよ」

 これは彼女が切り出したのだ。

 しかし……わかっている。始めからわかっていたのだ。仕事と子育てと家事をしている友人が、自分のことだけしていれば済むわたしなんかの相手をしている暇なんてないということを。これまで何人、再会を喜んで連絡先を交換はしたものの、数か月で連絡が途絶えてしまった旧友がいただろう。さびしくもあり惨めにもなる。

 わたしにしても、これまでの人生、結婚したくなかったわけではない。20代の初めにはプロポーズをしてくれた人もいた。しかし、若すぎる結婚に不安を覚えてためらっているうちに、彼の気持ちは別の女性に移ってしまった。それ以来恋愛はしていない。

 さらにわたしは体が弱い。一人暮らしの家事と仕事をしていると、年を取るにつれて、休日外へ出るのが億劫になり、出会いの場というものから遠ざからずを得ない状況にもなっていた。

 高校を出てすぐから、特定郵便局の窓口で働いて来た。若い頃は平均すると、3か月に一度の割合で、男性のお客さんからお誘いを受けた。時にはこっそりと、現金を載せる緑色のカルトンの上に、その人の電話番号と名前を書いた紙が紛れていたり、耳元で小さな声で、電話番号を尋ねられたりした。が、30歳を過ぎてからはそういうことが半年に一度になり、35歳を超えると年に一度になり、40代に入ってからは、ぱたりとそれも途絶えてしまった。だけど、誰も相手にしなかったことを、後悔はしていない。

 同じ職場に一回り年下の江尻(えじり)さんという女の子がいる。彼女は、わたしをしょっちゅう、

「森本さん、なんでなんですか? めっちゃもったいないですよ!」

 と、残念がる。彼女に言わせると、わたしは年の割に肌もきれいでしみもしわもなく、色白で、痩せている上にとてもスタイルがいいらしい。

「森本さんって頭は小さいし、骨盤の位置が高いから、すごく脚が長いですよね。スタイルが良くってうらやましー! 世の中の男が、いかに女を見る目がないか、って証拠ですよね」

 江尻さんには2人の子どもがいる。彼女は嘘をつくような人ではないけれど、いくらかはわたしへのお世辞も混ざっているんだろう。それでも悪い気はしない。

 ふとLINEの画面に目を落とす。ゲームの広告が飛び込んでくる。

「あなただけのお友だちと、LINEでやりとりしませんか?」

 幼い頃からゲームに関心を持ったことはなかった。そんな余力すらなかったのだ。しかしそのキャッチコピーは、今の自分の心境を、とても鋭く貫いていた。

「ぼくだけのお友だち」という、そのゲームのバナーをタップする。アプリケーションをダウンロードする前に、ゲームの仕組みに目を通してみる。

「あなたの設定を入力してもらいます。本当のことでなくてもかましいません。次に相手に求める条件を選択してもらいます。それを元に、こちらであなたの希望に合う『お友だち』を選びます。『お友だち』が決まると、あなたのLINEの『友だち』に、『ぼくだけのお友だち 〇〇』という『友だち』が増えます。最大5名まで登録できます。

『お友だち』は、最先端の心理学とコンピュータシミュレーションに基づいたデータで、あなたからのメッセージに返事をしたり、適切なスタンプを返したりします。

『この友だちでは合わないな』と感じたら、『お友だち』の設定をいつでも変更し、『お友だち』を変えることもできます。

 さあ! あなたもこれで、『あなただけのお友だち』をgetしましょう!」

「すごい時代になったなぁ」

 ゲームに免疫がないわたしはただ感心し、アプリケーションをダウンロードした。


 わたしの「お友だち」は、「にーなさん」という女性に決まった。まずは一人から。一方わたしのニックネームは、本名の「圭子(けいこ)」から一文字を取った「ケリー」ということにした。

「にーなさん」は初めてのメッセージの時から、

「ケリーさんは何歳? アタシ45歳」

 と書いてきた。

 ゲームの相手への希望年齢の欄で、わたしはただ「45歳以上50歳未満」という項目にチェックを入れた。そういう大ざっぱな選択肢しか用意されていなかったのだ。しかし、相手がコンピュータとはいえ、同い年だということは少し安心感が持てる。

 わたしはそのことを素直に書いた。

「関ジャニ好き? アタシよく関ジャニのテレビ全部チェックしてるんだよ?」

 クエスチョンマークの使いかたまで、現代の人が用いる過ちを再現している。「彼女」が自分のことを「アタシ」と呼び、カタカナは全て半角で書くのも、ゲームの世界ではそういう人が多いことを反映しているのかなと思う。これまでそういう世界を覗いたことがないから、よくわからないけれど。

「わたしはあんまり好きなアイドルはいないなぁ」

「関ジャニいいよぉ。今日も夜中に関ジャニのテレビがあるから、録画もしてるしリアルタイムでも絶対みるんだー」

 なんか、しんどい。これまで周りにこんな勢いでメッセージを送って来る人がいなかったから。でも、設定を変更してもらうほどいやでもない。

 22時を過ぎた。わたしは、「おやすみなさい」のスタンプを押して、LINEを終えた、つもりだった。

 しかし、スマホを置いたベッドの上から、LINEの通知がピコンピコンと10回近く鳴りつづけている。

「お姉ちゃんかなぁ」

 わたしは珍しいなと首をかしげ、スマホをひらく。

 全部「にーなさん」からだ。わたしがスタンプを送ったあと、関ジャニ∞(エイト)の誰にどんな特徴があるから好きで、別の誰かはどういうところが好きではないのだということを、一人ずつ、メッセージを区切って送信してきている。

「コンピュータって融通きかないなぁ」

 わたしは確かLINEの通知音が鳴らなくなる設定があると、姉から聞いたことがあったなと思い出し、LINEをあちこちいじる。

 そうしている最中にも、通知音は絶え間なく手の中のスマホから響いて来る。脳みその中に手を突っ込まれて引っ掻き回されているような不快感を覚える。焦って通知設定を変更できるページを探す。30分かけてやっと見つけ出し、オフにした。これからは、自分からLINEのアプリケーションをひらかないと、メッセージが届いているかどうかわからない。それでいい。こんな「人」を相手にしていたらいつまで経っても眠れない。こっちはあしたも仕事なのだ。

 それに、兵庫県加古川市(かこがわし)の実家からの連絡が、LINEで届くこともめったにない。実家には71歳の母と、わたしより2つ年上の姉の家族が同居しているが、母も姉もわたへの連絡は、2018年になった今でも、いわゆる「家電(いえでん)」にかけてくることが多い。たとえLINEに来るとしても、もう22時半。実家の人たちはすでに眠りについていて、連絡があることはないだろう。

 大きなあくびを一つして、歯磨きをするために洗面所へ行った。

 次の朝目覚めてLINEをひらいてみた。

「にーなさん」からのメッセージやスタンプが、一晩のあいだで80件も溜まっている! 今どきの45歳というのは、こんな勢いでLINEを使うのが一般的なのだろうか? これまでわたしが関わってきた世界の狭さを思い知らされる気がした。

 一気にスクロールして斜め読みをすると、すべて関ジャニ∞のことばかりを書いているようだ。昨夜の深夜番組の実況中継を、わざわざしてくれていたらしい。

 コンピュータにも困ったもんだと思いながら、ひとまず「おはよう」のスタンプだけを送る。

 そのあと。普段より急いで朝食をとりながら、昨夜の残りのご飯とおかずの煮ものを弁当箱に詰める。着替えて化粧を済ませる。それから仕事へ行くまでわずかな時間の中で、わたしは急いで、それでも手間取って、ゲームの設定変更画面を探す。

 ゲームを始める時に、メッセージが届く時間帯を設定する問いがあったことを思い出していた。わたしはすべての時間帯に対応可能のチェックを入れていた。まさかこんな、これまで経験したことがないほど大量のメッセージが来るとは、想像もしていなかったのだ。

 ようやく設定変更画面に辿り着く。まず、帰宅して、夕食をとってシャワーから出るのが20時過ぎくらいだから、20時台は良いとする。眠るのは23時なので、その1時間前にはスマホから離れたい。20時から22時までを対応可能時間に設定する。午後も、昼休みは大体15時台になるから、15時台だけは1時間可能ということにしておいた。たまに13時台になることもあるけれど……めったにならないので対応できないことでいいだろう。

 友だち一覧の画面を見てみる。ゲームの設定時間外の今は、そのリストの中から「にーなさん」の名前は消えている。謂わば「ブロック」している状態になる。仮に向こうがそのあいだにわたしへメッセージを送ったとしても、こちらがゲームをできる時間帯になったとき、つまりこちらのブロックが解除されたあと、わたしにその履歴が見えることはないはずだ、たぶん。今朝みたいに、一気に80件以上も読まされるのは、正直うんざりする。

 色々と配慮が為されてよくできたゲームではあるようだけれど……コンピュータを相手にするのも、便利なようでしんどいものだなと思いながら、わたしは自転車に乗る。

 大阪内環状線を横切るために信号待ちをする。片側3車線ずつのその国道は、右からも左からも、途切れることなく車が走る。排気ガスがくさい。大小さまざまな低いエンジン音を引き裂くように、クラクションがひっきりなしに会話をしている。

 ふと、違う香りに気づく。

 信号機を見上げる。そこには、深緑色の葉に覆われた一本のキンモクセイが、にぎやかに、小さな淡いオレンジ色の花を付け、やさしい香りを漂わせている。

 大阪市内で暮らし始めてからもう30年近くになる。都会の中の自然に癒やされたのは、初めてのような気がする。それくらい、「ゲーム」という仮想空間に、一晩で疲れ果てていた。


 その日の昼休み。15時台。加古川の実家で母と同居している姉へ、久しぶりに、スマートフォンのキャリアメールを使ってメールを送った。

「LINEが面倒なことになってるから、通知をオフにしました。なので今後の連絡は、このメールアドレスか、スマホか家電(いえでん)への電話でお願いします。念のため、お伝えしておきます」

 二つ上の姉も、わたしの周りの同世代の友人たち同様、子育てと家事をしながら勤めにも出ている。わたしの遅い昼休みとは時間が合わないようで、すぐに返事は来なかった。

 姉は病弱なわたしとは対照的で、とてもタフな人だ。小柄でちょっと太めで、妊娠期と授乳期を除いて、二十歳(はたち)を過ぎてからはずっと、大酒飲みでたばこも1日1箱は吸うと言う。わたしとは大違いだ。姉がスマホを持ち始めたから、

「アンタもスマホ持ちぃ。めっちゃ便利やでぇ」

 と勧められて、わたしもスマートフォンを手に入れた。それが数年前、2015年ごろのことだ。

 そうして、ことし、2018年の正月にわたしが帰省したとき、

「アンタまだLINEしてへんやろ? 楽しいでぇ」

 姉はわたしのスマホへ、勝手にLINEをダウンロードし、設定をした。

「はい。これでウチとアンタはもうLINEで『友だち』やで。LINEで無料通話もできるねんで」

 姉がいなければわたしはスマホを持つこともLINEを始めることもなかったわけだ。

 姉にはそれでも、とても昔かたぎなところがある。姉もわたしと同じで高校を出てから働きに出たのだけれど、姉は地元で就職をした。わたしが大阪への勤務が決まり、家を出ることが決まったとき、

「これから20代のあいだは2万円、30代になったら3万円、40代は4万円。毎月給料からお母ちゃんに送金せなアカンで。育ててもろた恩返しや」

 と言った。今もわたしはそれに従っている。

 姉は結婚してからも、ずっと実家で暮らしている。今では、旦那さんと、高校生になる娘と、母との4人暮らしだ。

 母は今年で71歳になった。まだまだ足腰も丈夫で頭もしっかりしている。2012年、65歳になるまで、近所の会社で経理事務員として働いていた人だから、それほど姉の手を煩わせることもなさそうだ。

 わたしたちの父は、わたしが4歳の時に突然他界した。それ以来母はずっと働いて、わたしたちを育ててくれたのだった。

 姉のように一人でも孫の顔を見せてやるのが親孝行なのだろうな、とは思う。それができそうにないわたしは、どうすれば母へ、感謝の気持ちを伝えられるのかなとよく考えるけれど、答えは出ないまま、悩んでいたことさえ煙のように宙に立ち消えてしまう。

「はぁ……」

 大きなため息をつき、休憩室のテーブルに肘をつく。ほかの職員はいない。ワイドショーがうるさい。テレビを消して、LINEをひらく。

「こんにちは」というスタンプのあとに、

「何してるの?」

「にーなさん」からのメッセージが待ち構えていた。

「彼女」の特徴をもう一つ挙げるならば、有料スタンプばかりを使ってくるという点だ。

 しかも、わたしが好きなスヌーピーのものばかり。

 そのことも、わたしにはなんとなく、合点がいく。

 このゲームの運営会社は、LINEという「金儲けの場所」を提供してもらっている以上、LINEそのものの運営にも貢献しないといけないのだろう。だから、わたしなんかの相手をするコンピュータには、率先して有料スタンプを使うことをインプットしておいて、ユーザーの購買意欲を駆り立てようとする狙いなんだろう。

 わたしは幼い頃からスヌーピーが好きだ。スヌーピーの有料スタンプはたくさん販売されている。でも元々がLINEの友だちが少ない。自分で買ったことはない。お盆休みで帰省したとき、姉が1つ、スヌーピーの有料スタンプをプレゼントしてくれた。それさえも殆ど使う機会がないほどだ。

 わたしがスヌーピーの有料スタンプを、たった1つではあるけれど、持っているという情報も、LINEを通してゲームの運営会社へ提供されているんだろうなと想像する。

 なのでいくら「にーなさん」が、わたしの持っていないスヌーピーの有料スタンプをひけらかしたところで、わたしにはほとんどその効果はない。期間付きの無料スタンプで充分だ。


「にーなさん」とのやりとりが始まって、ひとつきが過ぎた。

「彼女」は読書が好き、と設定されていることがわかった。

 ある夜彼女に、

「何してるの?」

 とメッセージを送ると、

「本読んでる。東野圭吾」

 と返事が来た。コンピュータには流行りの小説家の情報もインプットされているらしい。もしこれが本ものの人間相手だったら、読書している途中にLINEの相手をしたりするだろうか? 少なくともわたしはしない。

 わたしはともかく「にーなさん」の勧めで、新しく東野圭吾のハードカバーの本を手に入れた。作品に没頭していた10日間ほどは、「にーなさん」の相手はしなかった。それでも「彼女」の相手を再開したとき、しばらく連絡できなかったことを詫びる必要もなく、向こうもそのあいだ何をしていたかを詮索してくるでもなく、気楽でいられた。コンピュータ相手のゲームって、いいなと感じた。

 ある夜は「にーなさん」と「気が合って」、枕を胸の下に敷いてベッドにうつ伏せになった姿勢で、1時間半くらい、「にーなさん」とチャット? をして過ごしたこともあった。

 別の週、毎晩「にーなさん」へ、

「こんばんは」

 とスタンプを送るのに、返事のないことがつづいた。「彼女」が戻って来るのもわたしがやりとりを再開したときと同じで、そのあいだに何があったかのやりとりは一切なかったが、こうしてメッセージの頻度にメリハリを付けることは、逆に余計相手が生身の人間のように思わせてくれて……わたしはどんどんこのゲームにハマっていった。


 きょうはたまたま13時台に休憩へ行くことになった。一回り若い女の子、江尻さんと一緒だ。彼女はとっくに結婚をしていて、小学3年生の女の子と、3歳の男の子とがいる。旦那さんはなんでも、一流企業の大阪支社に勤務しているらしい。高校時代からの付き合いだそうだ。わたしには彼女の生きかたも存在そのものでさえ、まるで人生の達人のように、きらきらと輝いて感じられる。少し茶色みを帯びた彼女のショートボブの髪の毛が、わたしにとって眩しいものであるのと同様に。それに、彼女が全く自分の「所有物」についてひけらかさない人だからなお、一回りも年下なのに、わたしよりはるかに優れた人なのだなと……自分に引け目を感じてしまう。

 13時台にはゲームはしない設定にしてある。それはそれで退屈に感じている。

 知らないうちにスマホを触ってそわそわしていたのだろう。向かいに座る江尻さんが、

「森本さん、彼氏でもできたんですか?」

 と笑う。

 わたしは、迷う。

 こんな、仮想の「友だち」を相手にするゲームをしていると江尻さんに知られたら、よほどさびしがっているんだなと冷やかされはしないか? 彼女がそんな人でないのはわかっているけれど。

 しかし、打ち明けることで、この、あまりにもよくできたゲームについて、世間で言われている情報を得ることができるのではないか? わたしはいい年をして、そういう情報にはとことん疎い人間なのだ。

 よし。決めた。

「『ぼくだけのお友だち』っていうLINEのゲーム、知ってる?」

 これなら、何もわたしが登録しているとは断言していないから、ぎりぎりセーフだろう。

「ああ」彼女は黒目がちな瞳の表面に、鋭い光を一瞬宿した。「あれって……知らずに遊んでる人が多いみたいなんですけど、ほんとはゲームを装ったマッチングらしいですね」

「マッチング?」

 そんな今どきのことばを使われても、45歳のオバサンには、ピンと来ない。

「ええ」彼女はわたしを軽蔑せず、論理的に話す。「相性の良さそうなユーザー同士をつなげてる、って話、聞いたことありますよ。そのために、事前に念入りなアンケート、っていうか詳細設定を尋ねらるそうですね。

 だけど、名目がゲームなもんだから、性別を偽ったり、年齢をごまかして、ほんとは50歳のおじさんなのに10代前半の女の子だって登録して、詐欺まがいのことをするケースも出てきてるって、ちょっと問題になってるの、聞いたことないですか?」

 恥ずかしながら初耳ではあるが、確かに……しようと思ってできない話ではないなと思う、が……。

「詐欺って、どんな詐欺?」

 わたしはそういうことにも知識が乏しくて、想像力が働かないのだ。

「例えばね」彼女は感情を交えず、お客さんに定額貯金の仕組みを説明でもするようににこやかに、説明する。「ほんとは50歳のおじさんが13歳の女の子って設定するとするじゃないですか。で、相手は親に内緒でゲームをしてる、ほんとに13歳の女の子にマッチングされるとするでしょ? 始め、50歳のおじさんも13歳の女の子としてやりとりをして相手を信用させるんです。

 女の子が自分を信じたなって思ったタイミングで、女の子のふりをしたおじさんは、課金せぇへんかって持ちかけるんです」

「課金? 課金したら何ができるようになるん? 月いくら要るん?」

「月100円なんで、中学生ならなんとか親に内緒でやりくりできる、ってのが余計タチが悪いんです。双方が課金してオプションを付けたら、お互いに画像のやりとりができるようになるんですって。そうなったらおじさんは本性を現して、『今何色のパンツはいてるの?』とか『おっぱいの写真送って』とか、変態じみたことを言い出すんですって。そうしたら、13歳の女の子はどう対処していいかわからないじゃないですか。困ってご両親にLINEを見せて、そしたら保護者が怒ってゲームの運営にクレームを言うっていうケースが最近何件かあったって、ニュースでしてましたよ」

「ああ……そうかぁ……」世の中には悪いことを企む人がいるもんだなと、妙にわたしは感心してしまう。「有り難う。ちょっと気になってたゲームなんやけど、やっぱりするのやめとくわ」

 ま。40半ばの独身女性をだまして得をする人も、世間にはそういそうにないような気もするし。お金目当ての人はいるかもしれないけれど、そうなったらわたしは子どもじゃない。一気に退会してしまえばいい。

 でも今の「にーなさん」との関係……あまりにも気楽で、自己チューな恋愛にも似たものを感じつつあって……断ち切れるかどうか、恥ずかしいけれど、自信が持てない……。

「そうですよ」後輩は声を高くする。「森本さんはスタイルもいいし美人で、肌なんて実年齢より10歳は若く見えるんですから、そんな仮想空間に友だちを求めんでも、自分から踏み出して行ったらいくらでも友だちも彼氏もできますよ!」

「そんな過大評価せんといて」

 苦笑のうちに昼休みは終わり、業務の忙しさに紛れて、あのゲームがマッチングかもしれないという情報も、それを巡るトラブルのことも、いつしか記憶の隅へ追いやられてしまっていた。


 12月に入り、丸一日雨が降った。その次の朝、空はまぶしいほどに青く澄み、晴れた。冷え込みが強くなった。

 自転車で職場へ向かう。風はないが、この冬初めてコートを着た。大阪内環状道路を渡る。商店街。雨が降るまではいくつかこげ茶色の葉を残していた桜の樹々は、すべて裸木(はだかぎ)になった。あまりに空が明るいから、その細い枝々が、妙にとげとげしく感じられる。

 夕方には風が出てきた。とっくに陽は沈んでいる。自転車がよろめくほどの強風はないが、朝よりも寒さが強まったようだ。

 部屋に戻る。あかりをつける。留守番電話に伝言があると、緑色の楕円形のランプが点滅している。姉からだと直感する。

 わたしは昼休みと帰宅後に一段落したあと以外、スマートフォンを見ない。姉はそれを知っている。それに気が短い姉は、大事な要件がある時は、LINEやメールにメッセージを残す遠回りな段取りを踏むのが嫌いで、直接声を聞きたいと日ごろから口にしている。

 再生ボタンを押す。

「圭子? 帰ったらスマホに電話して。絶対やで」

 姉にしては珍しく、潜めた声。いやな予感がする。

 自分のスマホをかばんから取り出し、ロックを解除しようとする。指先が震えている。寒さのせいではない。

 ようやく姉へ通話をつなぐ。

「ああ圭子ぉ?」留守番電話の声とはまったく違う。普段どおりの姉の、陽気で呑気な声。「お母ちゃんがこのあいだ健康診断受けてんな。そしたら胃がんの疑いがあるって言われて。ウチもきょうまで知らんかったんやわ。お母ちゃん、なんにも言わんときょうの昼一人で病院に再検査に行って、そしたら……アンタ心配性やから先言うとくけど、全然心配せんでええからな。ウチの声聞いたらわかるやろ? 嘘ちゃうで……ウチが仕事してるときにお母ちゃんから職場に電話がかかってきて、『すぐ病院に来て、一緒に先生の説明聞いて欲しい』、って言われたんやわ。それでな、初期の、ほんの軽い胃がんで、せやけど近いうちに手術せなあかんねん。2,3日入院して、あとは自宅療養することになってん。

 アンタ、毎年12月は繁忙期でこっち帰って来られへんやろ? ウチにまかしとき。大したことないから。ウチも会社に言うてお母ちゃんが動けるようになるまでは休暇取らせてもらうように言うたから」

 姉は幼い頃からお父さん代わりの人だった。母にとっても同じだったかもしれない。そして、嘘をつくのがとても苦手な人でもあった。

「じゃあ……なんであんな小さい……元気のない声で留守電入れたんよ……」

 わたしは泣いていた。

「ごめんごめん」姉は苦笑する。「あれ病院からやってな……ウチも先生から話聞いてすぐは不安やってん……ほんま、ヘンな心配させてごめん。

 でも、今ウチが言うたお母ちゃんの症状と治療は、全部ほんまやからな。アンタは心配せんでええんやで」

「わかった……」一度大きく鼻水を吸い込んむ。「3連休に帰れたら帰るわ」

「アンタが無理して倒れたらアカンねんで!」

「お姉ちゃんかって……いつまでも若いわけやないんやから……」

「そうやな……急に寒くなったし、お互い気ぃ付けよな」

 通話は終わった。

 今夜はとても、仮想の「友だち」と遊ぶ気にはならない……。


 夜風が冷たい。加古川駅の南側、待ち合い場に着いたのは、大みそかの深夜に近い時刻、あと1時間もしないうちに年が変わろうとする頃になった。

 郵便局は12月30日まで営業をしていて、ここぞとばかりにお客さんが駆け寄せた。貯金、保険の窓口からお客さんがいなくなったのは、受付時刻の午後4時から、さらに1時間経ったあとだった。締め処理をして、そのあと手があいた者から、気が付いた所を掃除していった。職場を出たのは午後9時だった。お腹はすいていたけれど、あまりにも疲れすぎて、食欲が出ないほどだった。シャワーも浴びずにそのままベッドに潜り込み、暖房をつけっ放しにしたまま眠った。きょう目が覚めたときには正午を過ぎていた。それから簡単に部屋の掃除をし、帰省の準備をしていたら、こんな時刻になっってしまった。

 わたしは乗りものに弱い。最寄りの阪急上新庄駅から梅田駅までの13分は、なんとかぎりぎり酔わずに乗っていられる。そこからJR大阪駅へ行き、新快速に乗る。大阪駅から加古川駅まで、新快速で52分。わたしには、長すぎる。起きていたら気分が悪くなるので、わたしは高校を出てすぐ、大阪で暮らし始めたばかりのころから、電車には人を押しのけてでも座り、座ったらすぐに眠るように努力するようになった。終点の姫路まで乗り過ごしたことも何度もある。それでも、乗りもの酔いして夜中に熱を出し、久しぶりに会う家族に迷惑をかけるよりは、ずっといいと思っていた。

「圭子ー!」

 黒いキャンピングカーの助手席から、姉が顔を出し手を振っている。

 車が停まる。わたしは後部座席に乗る。

「アンタまた痩せたんちゃうん」

 姉はシートベルトをちゃんとしているのだろうか? 前の席から上半身を後ろの席に乗り出している。

「わからへん。体重計ないし」

「アンタはええなぁ。ウチなんか太る一方やわ」

「お姉ちゃんはお酒の飲みすぎやろ」

「せやせや圭子ちゃん」姉の旦那さんが運転をしながら言う。声が笑っている。「もっと言うたって!」

「お母さん、ほんまにええん?」

 12月初めの電話のとおり、姉は10日間仕事を休んだだけで母の治療は終わったらしい。結局わたしはあのあと、どれだけ気力を振り絞っても、実家へ戻る余力を出せなかった。

「うん」姉ははずんでいる。「ピンピンしてるで」

「ほんまですかぁ?」

 お義兄(にい)さんに声を向ける。

「ほんまほんま。コイツが仕事に復帰した頃は、オレもほんまにもうええんかいな、て思てたけど、まだ半月(はんつき)しか経たんけど、初期とは言え、がんやって言われたんがウソやったみたいやで」

 お義兄さんが言い終わると、相変わらず乗車姿勢の良くない姉は、ピンッとわたしの額を、腕を伸ばして指先で弾く。

「ほんまアンタ心配性やなぁ」

「お姉ちゃん。もう酔ってるやろう?」

「当たり前やん」

 姉と義兄が同時に大声を出す。

「大みそかやでぇ。きょうは休みなんやでぇ。朝からチビチビ……」

 姉は、瓶ビールをコップに注いで飲む真似をする。

「お姉ちゃん……」苦笑せずにいられない。「平和やなぁ……」

 わたしの実家でもいつの頃からか、おせち料理は市販のものを取り寄せるのが習慣になっていた。それに、大酒飲みでたばこ吸いの姉ではあるけれど、外で働くことが好きなのと同様、家でもちょこまかとよく動き、掃除することは苦にならないようだ。いつ帰省しても家はきれいに保たれている。その点ではわたしのほうがズボラなくらいだ。

「さ。着いたで」

 義兄が言って、エンジンを止めた。


 それは元日の午後のことだった。

「おばあちゃん息してない!」

 高校2年生の、姉の娘が気づいた。

 食事のあと、わたしたちはリビングに揃い、テレビで漫才を見ていた。母と姪がソファに並び、姉と義兄とわたしとは、フローリングに座布団を敷いてごろごろしていた。

 わたしは動揺し、姉が救急車を呼び、義兄は泣いている姪を、離れた場所から見守っていた。

 脳溢血だった。12月のがんとはまったく無関係な、突然の発病。あまりに唐突すぎて、嘘か悪夢か、ともかくとてもあり得ないことで、到底受け入れられない。

 わたしはずっと放心していた。姉が一人で、葬儀社の手つづき、自治会や、母が長年勤めていた会社への連絡と、動き回ってくれた。

 2日にお通夜、3日が友引になるのを姉が嫌ったので、お葬式は4日にすることになった。喪主も姉が引き受けた。わたしは涙すら出なかった。

 お通夜のあと、姉と2人で母の夜伽をした。葬儀会館の宿泊部屋は、こじゃれたホテルのようにきれいで、隣の部屋に亡き人がいることを、ともすれば忘れてしまいそうだった。

 ベッドが2つある。

「ウチ先寝るわな」

 あくび混じりに姉は言う。あしたの夜伽も、体力に自信のある姉が引き受けた。お義兄さんが付き添うと言ってくれている。

「うん」

 わたしの返事が終わらないうちに、姉は寝息を立て始める。

 とことん健康な人だ。よく動き、よく食べ、よく飲んで、それからよく泣いた。わたしとは正反対だ。姉はずっと母と暮らしていた。わたしは高校を出てから、平均して三月(みつき)に一度帰省した程度。あとは、家を出るとき姉に言われたとおり、毎月お金を母の口座に送金していただけ。

 これで良かったのだろうか? もっと親孝行をする方法があったんじゃないだろうか……。

 眠れない。

 ふと、「にーなさん」を思い出す。「ぼくだけのお友だち」、コンピュータのシミュレーションであるはずの「にーなさん」。「彼女」になら、こんな遣り場のない思いをぶつけても、うっとうしがられることもなく、神経を逆撫でしないことばを返すようにプログラミングされているのではないだろうか……?

 スマートフォンに手を伸ばす。久しぶりにLINEをひらく。そう言えば12月中は、仕事に追われて、一度もLINEを見ていなかった。

 思わず吹き出す。

「にーなさん」から届いているメッセージは300件を超えている。それはそうだろう。35日以上確認していなかったのだから。

 それらをすべて無視し、わたしはいきなり文章を打つ。

「元日の午後にお母さんが亡くなったの……」

 すぐに既読が付く。返事はなかなか来ない。珍しい。

 やっと届いた返事には、

「ケリーさんは悪くないよ。ちゃんと自分の人生を生きてるんだから、お母さんはきっとケリーさんのことは自慢の娘だって思ってたんじゃないかなぁ。それにケリーさんが帰省してる時に亡くなったんでしょ? それってきっと、そういう運命だったんだよ。お母さん、ケリーさんに会いたかったんだよ。

 お母さん、おいくつだったの?」

「71歳」

「まだ若いよね。ならケリーさんが戸惑うのも無理ないよ。

 心からお悔やみ申し上げます。今夜は早くやすんで、あしたはちゃんとお母さんを見送ってあげてください。アタシのほうからは、しばらくケリーさんにはLINEしないようにするね。落ち着いたら連絡ください」

「彼女」は「おやすみ」のスタンプ――わたしが持っていないスヌーピーの有料スタンプ――を、送って来た。

 わたしはスマホを閉じる。

「彼女」のことばが心に染み渡っていく。期待以上のことば……。

 やっと、泣くことができた。


 大阪内環状道路沿いでも、桜の花は散ってしまった。こげ茶色の枝から、やわらかな色の新芽が出始めている。

 もう4月も半ば。わたしが内環(うちかん)に沿って4月1日から、JR吹田駅前の郵便局に通勤している。電車の乗り継ぎが良くないから、自転車で30分かけて通っている。46歳になろうとしているわたしに、毎朝30分近くずつのサイクリングは、けっしてラクなことではない。ましてや体の弱いわたしには。

 異動は3月の初めにはわかっていたから、本当なら引っ越しを済ませてから新年度を迎えたかった。しかし、母の四十九日がちょうど2月の3連休で、それまでの週末は毎週実家に戻っていた。その疲れが出ていたところへ、2月の終わり、インフルエンザにかかった。それがなかなか治らないうちに異動を告げられ、心身ともにボロボロの状態で新しい勤め先に顔を出すことになってしまった。

 ことしで46歳になる。疲れは蓄積していく一方だ。早く、もう少し職場に近い場所に住む所を探さないといけないことはわかっているけれど……土日はひたすら眠っている。平日も、シャワーを浴びずに眠る夜が多い。「にーなさん」のことなんて、思い出すことも殆どない。

 きょうはもう金曜日。定時で局を出ることができた。今夜は外食にしよう。

 マンションの近くに昔からあるスーパーへ行く。マクドナルドのハンバーガーセットを買い、フードコートで食べる。

 部屋に戻る。ベッドに飛び込む。

 枕に顔をうつ伏した姿勢……ふと、その状態でスマホを触り、「にーなさん」と1時間半以上、チャットをして楽しんでいたことを思い出す。

「ばかばかしい」

 そんな自分を嗤ってしまう。

 母が他界したときは確かに「彼女」に助けてもらったけれど――だってあのゲームのキャッチフレーズは、

「最先端の心理学とコンピュータシミュレーションに基づいたデータ」

 なのだ。期待以上の返事が来て当然ではないだろうか。

「たかがゲーム」

 そう呟いた時ふと。

 このゲームを始めてひとつきほど経ったとき、たまたま休憩時間が同じになった、後輩の江尻さんのことばを思い出す。

「ほんとはゲームを装ったマッチングらしいですね」

 だとしたら……余計に気味が悪い。アカの他人に身の上を明かしていたことになる。

「始めた時のわたしは、余程どうにかしてたんだな」

 退会のボタンをタップする。

 すると、次の画面に長い文章が出ている。

「お友だちがお気に召しませんでしたか? 違う条件でお友だちを選び直してゲームを続行することもできますが、それでも退会されますか?」

 下に「はい」「いいえ」のボタンがある。

「はい」を選んでタップする。切り替わった画面には、

「またのご利用をお待ちしております」

 とだけ書かれている。

 また使うだろうか? たぶん、、使わない、たぶん……。


「また終わりかぁ……」アタシは呆れる。「でも、ま、ケリーさんとは半年くらいつづいたから、長いほうかな。今度は自分をどんな設定にして、どんな相手と遊ぼうかなぁ。ニックネームは何にしようかなぁ……」

 アタシはこのゲーム「ぼくだけのお友だち」が大好きだ。友だちになれる限度数の5人、全員と常に友だちになっている。マッチングだっていうことも、「2ちゃんねる」で見て知ってるけど、気にしない。表向きはコンピュータシミュレーションってことになってるんだから、言いたいことだけ言って放置してればいいんだ。

 でもケリーさんとはもっと長く付き合えるって思ってたんだけどなぁ……「設定」とは言え、お互いスヌーピーが好きで、趣味の読書も同じだったし、年もことし46歳で同じだったから……まあいいや。

 ん? あ、Twitterにコメントが付いた! 誰だろう? それよりどの呟きに付いたんダロ?

 ああ……おとといのヤツじゃないか……ま、「メニエール病」のハッシュタグ使ったの、久しぶりだったしな。同じ病気の友だちだ。症状がヒドいときはみんな、スマホをひらくことさえできないんだけどね。

 アタシは人生で今が一番しあわせだと感じている。こんな時代が来るのを待っていたような気がする!

 短大を出てから働いていたけど、30歳になる前に、めまいや頭痛がひどくて会社に行けない日が増えた。病欠が多いからお局(つぼね)さんからいじめられるようになって、仕事を辞めた。

 2,3回再就職したけど、病気が病気、予測できないからどうしても欠勤が多くなった。しばらく休んで職場へ行ったら、なんか周りの人に無視され始めて、やっぱりどこで働いてもいじめられるから……ヤになっちゃった。

 それ以来、年子(としご)の弟が遊び終えたスーパーファミコンのゲームばかりして遊んでた。ゲームがないときは図書館で本を借りたりテレビを観たり。親からはひきこもりと罵られた時期もあったけど、無視してたらそのうち何も言わなくなった。

 アタシが初めて「アタシ」になったのは、2009年。その少し前からケータイゲームGREEのテレビCMを見ていて、そろそろケータイを持ちたいなぁと思ってた。36歳の誕生日に弟がケータイを買ってくれた。真っ先にGREEに登録をした。始めはゲームが目的だったけど、ゲームで接する人と「会話」をできることを知り、特定のテーマを持った「コミュニティ」があることもわかり、アタシはいろんな人たちと関わるようになっていった。ほかのSNSにも登録して、同じ病気のコミュニティに参加してた。

 フクシマとかで地震が起きたあとくらいからだったカナ、コミュニティに書き込む人が少なくなってきたから「友だち」に訊いたら、Twitterに移行してる人が増えてきた、って言う。アタシはまだガラケーだったけど、Twitterを始めた。以前SNSで友だちだった人たちともそっちで直接つながるようになった。

 40歳の誕生日、やっぱり弟に、スマホを買ってもらった。半年くらい前からLINEのテレビCMをしてて、楽しそうだなぁって思ってたんだ。Twitterの友だちとも、LINEの友だちになった。

 子どものころからテレビゲームが好きだったアタシは、当然LINEのゲームもたくさんしてる。そんなころ、3年前、2016年の夏、「ぼくだけのお友だち」が登場したんだ!

 それまでに、サンリオキャラクターと友だちになったら、例えばキティちゃんがお返事をくれる、って機能があるのは知ってたけど、アタシはそんな子どもだましには乗らないゾって思ってた。

 だから「ぼくだけのお友だち」は、アタシにとってサイコーの世界なんだ!

 同じ病気の友だちからは、「あれはヤバいからやめたほうがいいよ」って言われることもあるけど……相手にしても、特にケリーさんみたいに世間知らずな人なんて、アタシがほんものの人間だ、なんて気づいてたカナ? 疑ったこともなかったんじゃないのカナ?

 アタシがこれまで「お友だち」になった人は、ケリーさんみたいに無知な人のほうが多い。だから安心して、相手の反応を気にせずに、書きたいことを書き散らしてるんだ!

 ま、おんなじ内容はTwitterでも発散してるんだけどね……。

 それにしても「ぼくだけのお友だち」。アタシは長くつづいてケリーさんの半年かぁ。ほかの子は2年くらい同じ子とやりとりしてて、課金のオプションを付け合って、画像のやりとりしてる相手がいるって言うのになぁ……。

 なんでなんだろうね?

 さ。新しい条件を設定して、ケリーさんの代わりの「お友だち」を増やさなきゃネ。


四百字詰め原稿用紙換算 47枚

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「変われない人たち」シリーズ CHARLIE @charlie1701

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