本作のキャッチコピーを見た際に、期待と一抹の不安を同時に感じました。魔法が存在する世界での殺人事件──何しろ、どのようなトリックが可能なのか、「現実世界」の読者には検討がつかないのですから。例えば瞬間移動や記憶操作の魔法が突然トリックとして出てきたら、肩透かしだと思ってしまうかもしれません。
でも、実際に読み始めると不安は杞憂だったとすぐに分かりました。私たち読者の知る常識とは違っていても、真摯に「魔法を使って」現場を保存・検証し、証拠や証言を集めて推理を重ねるストーリーは歴としたミステリでした。魔法世界だからこそ何を疑うべきか、どのように推理を進めるべきか──そんな丁寧な描写を追ううちに、事件と同時に世界観が浮かび上がり、不思議で魅力的な人々が集う塔に夢中になることでしょう。
読み進めるうちに、世界観以上に惹かれたのが登場人物たちの多彩な個性と軽妙なやり取りです。魔術が使えない子供ながら、頭脳明晰で勇敢で、でも好きな女の子には弱いエテン。しっかりものの可愛らしい助手役のファロット。父親代わりの優しい師匠、服のセンスがズレている長老、偏屈な老賢者、浮世離れしたエルフ、常に歌劇めいた所作の美貌の魔術師、陽気な「鷲」の一族たち……この場では挙げきれないキャラクターも含めて誰もが魅力的で、時にエテンの捜査を見守り、時に魔術談義に花を咲かせたりするのです。曲者だらけなのに可愛くて、いつまでもやり取りを見守りたくなる──でも、この中に「犯人」がいるという非情な結末に、エテンも読者も対峙しなければならなくなります。
事件の核心を明かす野暮は犯しませんが、推理の手掛かりはフェアに作中に散りばめられていました、とだけ。ファンタジー世界のミステリ、是非とも楽しまれますように。