『クリムゾン』輸送会社㈱

「気をつけて行けよ、ガンモ」

「なら、コーヒーのひとつでも奢ってくれよ」


闇夜に沈む辺り一面に、星空が降り落ちる

時刻は丑三つ

この時間帯でなければ早朝までに各店舗への配達が間に合わない

乗り込む大型トラックは2トンで

運転する大男は名をガンモと呼ぶ


各店舗のルートを確認しながらイメージしていくガンモは、アクセルを踏み込み、ポツポツと照らされる街灯を頼りに進む


大陸の北を牛耳る『クリムゾン』輸送会社㈱は、”安心安全早急に!”をモットーにし、他の会社を押し退けてトップに立つ輸送会社だ


そんな大きな名の下で働けるガンモは喜べる、


訳もなく

むしろ疲労困憊でもあった


「残業代は入るけど〜♪休み無し〜♪1日30時間営業〜♪クリムゾン!ってかぁ!」


体力に自信のあるものでも重労働は応えるもので、『クリムゾン』の人事は入れ替わりが激しい

とある日に社内を見渡すと昨日の飲み仲間が居なくなるなんてザラだったりする


過酷な労働現場だが、ガンモがなぜ『クリムゾン』を続けるのか、理由はあった


──────────────

荷物を降ろし終わり、店の人間に質問をするガンモ


「次のメンテナンスはいつだ?」


メンテナンスとは24時間体制の物売りばでは、月に1回レジ調整の為、深夜を閉めることがある

その間店が開かないので、メンテナンスがある日は順番を変える必要があるのだ


「次は20日だな」

「20日……ね」

「あと、同日に

「……いくらだ?」


話し相手は手をグーにした後、パーを2度する

今の動作を含め、1本の指で1000万の依頼だ


「高いな、悪の組織でも壊滅しろと?」

「んにゃ違う、ヤクザの下っ端だ」

「割に合わなすぎる、罠だな…危険だ」

「今は受けるかどうかだ」

「受けない、他は?」


相手は次にグーを1回、そして二本指を立てる

これは200万を意味する


「相手は?」

「シノザキ流古武術連盟の幹部だ、最近ニュースは見たか?」

「あぁ、あれね…」


ガンモは社内の食堂にあるテレビに映り出された人物を思い浮かべた


シノザキ流古武術は世間一般的に広められた護身術のひとつで、世界大会が開催されるほどだ


しかしそれに対し、シノザキ流暗古武術は各種族の人体を網羅し、破壊することを極めた古武術なのだ


暗古武術連盟は公式には認められていないが、ニュースに取り上げられるほどの存在感はある


否、存在感だけではない

富、名声、身分を得るには暗古武術を覚えなければいけないと噂が絶えない程だ


シノザキ流暗古武術には階級があり、習い始めは下級からだが、上級になると皆伝・極伝・総伝・修伝・殺伝と位置づけられる


「幹部の階級は?」

「総伝だが、修伝に近い男と噂されてる」

「さすがに殺伝はないか」

「殺し合いになるぞ」

「その時は引き受けないだけだ」


談笑もそこまでに、運転席へと移動するガンモは依頼を受けることにした


「総伝とはいえ、強いぞ?」

「アテはある、それに…」

「それに?」


トラックに乗り込むガンモの言い淀みに、相手は疑問をぶつけるが、ガンモは首を横に振る


「何、個人的な話だ。幹部の資料は明日にでも送ってくれるか?」

「明日…大丈夫だ」

「……言っておいてなんだがいいのか?家族がいるだろう?」

「偽装だよ、情はあるがね」

「職業柄、大変だなそっちも」

「独身貴族も悪くないが、待ってくれる家族がいるだけでも心にゆとりは持てる」

「無理するなよ」

「その言葉、そっくり返すよ」


ガンモはその言葉を聞き、トラックを発進させた


──────────────


そこから1週間、ガンモは楽しい残業を含む仕事をこなしながらも、届いた資料を確認し相手の素性を知ると同時に、シノザキ流暗古武術を検索する


「創立記念500年目を記念して……?」


それはちょうど20日に行われる記念祭のようで、ガンモは1週間前に相手がこの日を選んだことを理解した


ガンモの殺しは基本仕事用のトラックを用いたものであり、別段日程の指示は自由なのだ


『クリムゾン』は大ブラック企業の為、恨みつらみはある

そういった恨みを持つやつが生身で妨害してきたら赤いペンキが付くが、良くやったと褒められボーナスも増える


大事なのは車ではなく商品だ、傷さえつかなければ無問題モーマンタイな株主なのだ

100代目に突入しているらしい


いつもの依頼であればそうやって轢き殺せばいいのだが、今回の依頼はそうもいかない

創立記念祭りならばターゲットの幹部以外にも皆伝、修伝の連中も集まる


殺し方を変更しなければならない、そう考えたガンモは立ち上がる


「先生は生きてるかな?」


──────────────


土手の河原にはダンボールが積まれているが、立派な家だと主張するガンモの先生と呼ばれる男はバットをフルスイングしている最中だった


ガンモの姿を見て、先生は涙を流し、ダンボールに招き入れる


「いつも暖かいですね、ここは」

「今の時期にゃぁ、暑いくらいだがな」


陽の光が2つ存在するこの世界にとって、夏というのは気温が40度を上回る


「世情には疎いからなァ…お前さんがどんな活躍してようと、儂にゃなんも分からん」


遠回しな言い方は相変わらずだと、ガンモはため息を着く


「はぁー…分かりました。元殺伝の先生に────」

「言い方が気に入らねぇなぁ…そんな教え方したか?」


先生と呼ばれる男はニヤニヤと口元を動かすが、目が笑ってなかった

ガンモは姿勢をただし、両拳を地面につけて頭を深深と下げる


「……元殺伝・興梠コオロギ師範、【紅極】の伝授を願います」

「う〜にゃ、どうしよっかねぇ」


【紅極】はシノザキ流古武術とシノザキ流暗古武術を織り交ぜた絶死の破壊技だ

古武術のほうが『流』であれば、暗古武術が『固』であるように、ふたつは相反する


しかし、興梠と呼ばれる師範は独自にそれを重ね合わせ、改造し、生み出したのだ

この技を伝授できるのは同じ殺伝を持つ者に限り、しかも師範である興梠に10戦連勝を条件としている


「酒はあるな?」

「こちらに」


ガンモは懐から1.8Lの瓶を取り出す


「ほう、響風12年物か。よく手に入れたな」

「入手ルートは教えませんよ?」

「分かっとるわい……1度だけじゃぞ?」

「充分です」

「そこに立て」


興梠はガンモを土の上に立たせる


「……」


興梠は雰囲気を変えた、興梠自身も、その場の空気すらも


「必要なのは己を律すること、冷静であれば尚良い。相手の動きに合わせるのではない、己自身が相手を制するのだ」


ガンモは頷く

ただの暴力は誰だって出来るが、シノザキ流の極意は相手を利用することにある


「それは皆伝から受け継いでます」


ガンモはシノザキ流の古武術を修め、暗古武術は皆伝を得ていた

興梠は頷き、顔に影を落としながらも続けた


「……これはワシが行き着いたことじゃお前さんに教えておく。…忘れるでない、シノザキ流の本領は破壊ではなく────『再生』ということを」


『破壊』を追求してきた暗古武術の真髄は『再生』ということを知り、ガンモは動揺した


「…っ、それは、初耳です」

「シノザキ流の本来の技は破壊ではなく再生なのじゃ、これは創立者の元々の考えではあったのじゃが、年を追うごとに弟子たちはそれを忘れておる」


500年も経てば教えは薄れるものかと、ガンモは絶妙な顔つきで納得する


「あ、あの会長ですらも?」


シノザキ流暗古武術を纏める会長は隠居した興梠に近い男として噂されており、門下生達に教えを説いてきたものだ


その男ですら知らない真髄となると、皆伝止まりのガンモは神妙な顔つきになる


「左様……じゃが、これは、言うても正せるものでは無い。わかるな?」

「はい」


口伝で正せるのなら世の中は平等となる、それを不可能にするのが人情だ

『覚悟』はそう簡単に覆せるものではない


「……────【紅極】、覚えよ」

「しかと」


興梠の意思は、ガンモに託される



──────────────


20日当日、ガンモは興梠から技を伝授し、鍛錬を繰り返した


複雑怪奇な人体を理解し、『破壊』へと導く【紅極】はそう難しいものではなかった


『破壊』するならば、の話ではあるが



「…ふぅー……時間だな」


ビジネスホテルの一室を一晩借り、外で賑やかに開幕セレモニーの花火が上がるとガンモはホテル代を支払い、後にする


今回の標的はシノザキ流暗古武術の幹部、総伝の熱海慿あたみつき 海堂かいどうという男だ


極東の名を持つその男は当初、武を極めんと大陸を巡り道場破りを果たしてきた

しかし、興梠を前にした彼は己の非力さ・世界の狭さに頭を垂れ、シノザキ流暗古武術を物にすべく門下生となった


ガンモは徒歩でセレモニー会場に向かうと、持ち物検査を受けたあと、視察を始めた


会場は明るい雰囲気ではあるものの、ボディガードや警備員がマシンガンを構えて警護に当たっていた

しかしこれは、逆にチャンスだとガンモは思う


熱海慿は肉体的な力を持っていようと、社会的な暴力には弱く、自身の行ってきた悪行が世間に晒されるのを躊躇う男だ


そう、熱海慿はシノザキ流暗古武術を用い、自身の悪行が晒されることを危惧すると暗殺する癖があった


屠ってきた記者、警察、一般人は100を超え、暗古武術の面々は手を焼いていた


実力はあれど、社会的メンタルの弱さは熱海慿の弱さ


────そして、弱点になるうるのだ


「良かったな熱海慿、最高のセレモニーになりそうだぞ?」


ガンモは巨体に羽織るフードコートの袖をまくり、フードを深く被った



──────────────


《さて!各会長幹部の紹介に移ります!》


壇上ではシノザキ流古武術の会長や幹部が紹介され、次に暗古武術の会長と幹部も紹介される


《……──続きまして、シノザキ流暗古武術 幹部である熱海慿 海堂さん!どうぞー!》


熱海慿は狼狽えながらも渋々といった表情で壇上に上がる


よほど自身の悪行を晒されるのを恐れているのか、しかしそれらは屠ってきたはずだと、自身に言い聞かせているように表情が変わっていった


「では、シノザキ流500年目を記念して!ワイン樽を用意しました!!」


壇上にワイン樽が移動してくると、会長や幹部の面々は木槌を持つ


「では、お願いしまーす!!」


号令とともに、ガンモはすぐさまポケットの中から遠隔起爆装置を起動する


パカン!と間抜けな音ともに近くのビジネスホテルから爆発が起きた


「え、えぇ?!きゃぁぁ!!」


司会進行役は突然の出来事に狼狽え、爆発音と衝撃波が会場を襲った


会場は大騒ぎ、シノザキ流を狙う刺客が現れたと会場の者達は一目散に逃げようとするが、犯人確保する為に警備員たちがマシンガンを向けて静止しようとする


壇上では会長や幹部たちが立ち去ろうとするが、それをガンモは止めた


「だ、誰だ!!」


シノザキ流の古武術会長が目まで深くフードを被ったガンモに問う


「あんたに用はない、暗古武術の幹部、熱海慿の首を貰いに来た」


ガンモの声を聞いた古武術会長はすぐに察し、幹部を纏めてそそくさと撤退した


「お、俺様に何か用か!!」


声を荒らげるは暗古武術の会長の後ろで隠れる熱海慿


「ひとつ、首を貰いに」

「だ、誰の許可を得て……っ!?」


俺は熱海慿の言葉を遮断するかのように、懐からコピーした紙束を舞いあげる


そして、それを拾い上げたもの達は紙に書かれた内容に驚く


「今までの悪事、首ひとつで終わらせる」

「な、ぁっ!?会長!こいつの言うことはデマカセです!紙も、全て!」


暗古武術会長のしらない、熱海慿の悪事が記された紙を見、そして、会場を見渡す


「……ここまでだな、私たちではもはや隠蔽不可能だ。熱海慿……己の持つ暴力で解決して見せよ」

「そ、そんな!?」


熱海慿は狼狽え、怯え、怒りをガンモにぶつける


「か、き、貴様ぁーっ!!」


熱海慿の怒れた拳はガンモの顔横を過ぎ、その力を利用してガンモは熱海慿を投げ飛ばした


一本背負い、それは今ある武術にあるものだ

壇上の床は作り物とはいえ、程よい強度を持つ


熱海慿は華麗に受身を取るが左半身は強く打ち、立ち上がるのに時間を要したがガンモは追い打ちをせず見届ける


「刺客のものだと思ったが、考えが甘いようだな!次は本気で行くぞ!!」


熱海慿は右拳、左肘、右脚、左膝と────

軸足を入れ替えながら、されど回転を加えながらも次々と乱撃を繰り出すも、ガンモを圧倒させるに至らない

むしろいなされるほどで、熱海慿は苛立ちが増した


「貴様!シノザキ流を熟知しているか!!」

「この程度の速度なら肉眼でも避けれる」


技を振る熱海慿、避け煽るガンモ

時間にして短く、次第に暗古武術の技が乱れてくる熱海慿は一手、変化を施す


「クソッ!」

「……っ!」


壇上に転がる瓦礫を蹴りあげ、ガンモの眼前に飛ばす


ガンモは飛び道具を避けるが、隙を見て熱海慿は正拳突きをした


「これで!」

「終わりにするか」


ガンモは受けた

鳩尾に、人体の急所に暗古武術を織り交ぜた正拳はガンモを『破壊』するに相応しい


────が、ガンモは死に至らなかった


【紅極】は相手の力を利用する技

【紅極】を極めれば立ち姿のままでも……つまり足の力を利用して技を使うことが出来る


【紅極】は、即死カウンター技である


「な、ん、で…ぇ、腕、ぁ」


熱海慿は危惧した

己の正拳突きが、『破壊』されていくことを

作る拳は振動し、骨は砕け散り、血管は破裂し、皮膚は裂けていく

秒数にして2秒と持たずに肩までを『破壊』された熱海慿は、ガンモを見た


「お、ま……ひゅぇっ」


ガンモは舌打ちを1つして、最期まで聞かず、首をブチブチともぎ取ると、麻袋に放り込み、その場から去ろうとするが


「見事な手際だった、シノザキ流古武術、暗古武術を修める者よ」


暗古武術の会長が、ガンモを止める


「……何か?」

「いやな、これほどの落とし前を、どう付けるのかな、と?」

「……あんたの相手は俺じゃない」

「何ぃ?」


「しばらく見ん内ぃ、大層な言葉使いおって…偉くなったもんだのォ!会長殿!!」


暗古武術会長は、背後から聞こえた興梠の声に驚愕する


「なっ!?……こ、興梠……」

「未熟児ごときが呼び捨てとは、万死に値するか」


興梠の佇まいは凛とし、どこにでもいるような老人へと雰囲気を変えていく


「ほぅれ、お手を拝借」

「や、やめ!」


興梠は会長の手を取り、手の指から手首、肘、肩までを真逆に折り曲げていった


「ガンモ、ワシは教えたはずじゃ」


消え入りそうな声をガンモは必死に清聴する


「【紅極】とは『再生』、つまり治癒魔法なのじゃよ」

「シノザキ流の『柔』と治癒魔法の『再生』…ですか」

「そうじゃ、それらを組み合わせて初めて完成するのじゃ」


ガンモは治癒魔法の類は覚えておいたが、【紅極】の破壊速度に追い付けなかった

【紅極】は物理的な破壊を目的とする訳ではなく


「何度も壊し、再生することでの精神破壊、と?」

「如何にも」


喋る興梠を他所に、手を取られた会長は『破壊』と『再生』を繰り返していた


「まだまだ、お前さんは修行も考えも足らんな」

「申し訳ございません」

「よいよい。……行きなさい、また会おうぞぃ」


ガンモはそれを聞き、跳ぶようにその場を後にした





────────────


ラジオから軽快な音楽が流れる

運転席に座るガンモは、隣で寛ぐ白衣の男をちらと見た


「あ、あぁいや、済まないね。足となる車が壊れたところを拾ってもらって」


ガンモはそれを聞くも「ふぅむ」と唸るだけに済ます


「まぁ初対面に心開けというのも無理な話だね」


白衣の男は姿勢を正したあと、ラジオのボリュームを上げる

ちょうどニュース速報で、内容はシノザキ流暗古武術の新会長、新幹部の候補者を挙げているところだった


「前会長と幹部、殺されたんだってねぇ」

「そうだな」

「あ、次の信号機で止まってよ。そこで降りるから」

「そこから近いのか?」

「大分ね」


次の信号機では赤に変わったところなので、ガンモはスピードを落とし、白衣の男を降ろす


「では、またね。ガンバッド・モード君」

「……」


ガンモは本名を呼ばれたが、あまり呼ばれたことがないので聞き流し、白衣の男を見送ったのだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運び屋たちの日常 黒煙草 @ONIMARU-kunituna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ