運び屋たちの日常
黒煙草
『ハウスト』第一交通産業
俺はタクシー会社『ハウスト』第一交通産業の社員だ
天気は晴れているが、陽の光が2つ存在するこの世界では正直に言って暑い
近くの風鈴が鳴る駄菓子屋で当たり付きアイスを食べ、木の棒を加えていると客が来た
「すまん、近くまで頼めるか?」
「悪いがワンメーターの客は断ってるよ」
『ハウスト』第一交通産業では徒歩1分程度の客は乗せない決まりだ
「そこをなんとか頼むよ、少し北に行ったところの研究所だ」
俺のいる国は広い
一般車両で行ける範囲は限られてはいないが、それでも端から端を往復で24時間はかかる
俺がいる街は、国をバツ印に4等分に分けた、北の方になる
それ以上行けば隣国となり、入国するのに厳重な検査の後に武器を取り上げられ、丸腰で入国しなければならない
だが、今目の前にいる客はその手前にある研究所に行きたいらしい
「近くっちゃ近くだな、後ろ乗れよ」
「助かるよ少年……えーと?」
「マギリだ、あと小さいからって少年扱いするな。成人超えてんだぞ」
俺、マギリは背が本当に低い
しかも短髪なので会社がくれたスーツを着ない限り大人として扱ってくれないのが難点だ
いや、スーツを着たとしてもコスプレ感が半端ないのだが
マギリはスーツの男を車に乗せ、エンジンをかける
マギリが乗る車はオートマで、アクセルペダルとブレーキペダルは異様なほど前に出た仕様になっている
「不思議な車体だな」
「あぁ、俺仕様に小さい車だからな…車高も低いからちと狭苦しく感じるかもしれねぇ」
マギリの持つ車は小さく、ミニカーを想像させるような小ささだが、運転手を含めた4人乗りを可能としていた
「ここいらで構わないよ」
「540ガルだ、……ほい、確認しました」
小さな車に搭載されたメーター分の金銭を受け取ったマギリは、研究所から去ろうとした
「マギリ・ルーカス君」
「ん?」
スーツの男に本名で呼ばれ、何も考えずに返答したマギリ
「またよろしくお願いするよ」
「帰りもか?時間指定を──」
「いや、帰りは結構だよ。ではまた」
男はそう言って去っていき、マギリはその後ろ姿を見送って自社に戻った
『ハウスト』国の2番目にでかい川沿いに並ぶ屋台は、北側では異様なほどの賑わいを見せており、マギリはツレの男友達とそこで1杯飲んでいた
「飲むねぇ、鉱人族の鬼ってのは蟒蛇なのか?」
「よく言われるが俺は鉱人族じゃねぇし、鬼でもねぇからな」
マギリは人族だ。人族は上位人と下位人に分かれるがマギリは上に近い下位人と、身分・体格的に中程を維持している
上に行けなくもないが、今の職場で安定しなければ急に上に行っても精神的に折れてしまい、最下位に落ちぶれてしまうのが目に見えていたのだ
「てめぇーも飲め、俺より行ける口だろ」
「そうだな、頂こうかね」
グビりと喉を鳴らし、ツレは一気に飲み干す
「あー…冴えてきた、そう言えばお前に話すことがあったんだよ」
「今日飲みに来たのは要件があったのか」
「まぁいつも飲み歩き回ってるのは事実だが…政府の関係者を1人、屠る予定でな」
殺しの依頼────…マギリはその言葉を聞いて眉を険しくする
「悪いが客入りが最近良くてな、お断り──」
「なぁに、悪い話じゃねぇしお前さんにも関係がある話だ。あと嘘は着くな」
自分に関係があると聞いてマギリは掴んだジョッキを下げる
「……思いつくといえば妹か」
「ありゃ綺麗に育ったな、お前さんが育てたとは思えねぇ」
「今すぐその口を縫い合わせてもいいが、話は最後まで聞かねぇとな」
「お利口なのはいい事だよ」
マギリの妹は同じ人族だが、身分と美貌が優れ、最上位人に属する
若いため独り身ではあるが、近く憧れの男と結婚する言葉を度々、
共に1口、酒を飲むとツレが口開く
「好色の変態、知ってるだろ?」
「あの変態政治家の『カラマ』か、グレーなことをやらかしまくってて警察からはお咎めなしとか、言われてたか」
好色の変態、カラマと言われる男はでっぷりとした腹が特徴的で、見るからに悪代官な外見は政治活動にも影響を及ぼしている
賄賂に暴行、それらは優しい方で、自分の邪魔をするものは死体に変えたりをもさせる
グレーゾーンな理由は警察との繋がりがあるためであり、殺しのもみ消し等を賄賂で補っているのだ
「その変態野郎がお前さんの妹を狙ってるんだよ」
「……そのグレーゾーン様を殺すのか?」
「いや、いや。それは俺たちの仕事さ、頼みたいのは用心棒の方だ」
カラマの用心棒、ボディーガードは腕の立つ元冒険者と言われ、世渡りが上手いオーク族の獣人だ
気性が荒れており、一度頭に血が上ると手の付けられないオーク族ではあるが、カラマのその用心棒は真逆、一度頭に血が上ると逆に冷静になるという一面を持っている
冷静になったその用心棒は他のオーク達よりも冷酷非道になり、暴力で物言うタチの悪い性格へと変貌する
「名前は────」
「マッド・O・アナキシス……忘れるわけがねぇな、あの男を」
「知ってたのか」
「昔、ちょっとしたゴタゴタでな」
マッドとマギリは元冒険者であり、同じパーティを組んだ仲でもある
しかし、冒険するにつれマギリはマッドの性格を見抜く
しかし、それと同時にマッドはマギリのやろうとしたことを見抜き、一本勝負と言いつつも奇襲をされ、打ち破れた
マギリは負傷しながらも五体満足で逃げ切った為、マッドは次はきちんと殺してやると他の冒険者に言いふらしていた
幾年もの年月が過ぎようとも
警察共のお咎めがなかろうと
マッドはマギリに対して執念を燃やしていた
マギリもまた、執念を燃やしているのだが
「マギリ、マッドに勝つ算段はあるか?」
「正直いって手詰まりだよ、マッドの防御性能は国の上位に位置するんだぞ?」
オーク族と言えば優れた腕力と恵まれた体つきが特徴的で、その力は攻撃と防御に振分けることが出来る
大半は気性性の荒らさから攻撃力に振り分けがだが、マッドは堅固な防御に振り分けることで今まで生き抜くことが出来ていた
「……一度、師匠に顔を出してみるよ」
「ん?マギリの戦闘技術は独学じゃないのか?」
マギリは師匠と呼ばれる男を思い出した
両親を亡くした際に引き取ってくれた男で、優しく尖った細目は時に冷酷な意見とともに殺気を飛ばしてくる程で耳の長いエルフ族ではあるものの、弓矢を得意とはせず超近距離戦闘に特化した男だ
マギリの戦闘技術はその男から学び、過酷な訓練を受け、冒険者となったその当時でも斥候の役割で重宝された
「師匠なら、なにかアドバイスくれるかもな」
「なら明日からでも直ぐに行けよ?来週の今の時間、襲撃を予定している」
「分かった。……親父!大根と卵をくれ」
川沿いの屋台は深い夜まで賑わっていた
翌日、マギリは酔いを覚ますために冷水を頭から被り、スーツに着替えると仕事場に向かった
タイムカードを突き刺し、出勤したことを社に示すとすぐ様仕事の車へと乗ろうとしたが、上司に呼び止められた
「マギリ、今からか?」
「ええ。……お客ですか?」
「8時からだ、場所は後で指定する。客の名前は『マッド・O・アナキシス』だ。頼んだぞ」
言葉を聞いてマギリは(これは神のイタズラか?)と嘆くと共に、敵を知るチャンスでもあると思えた
目的地では今か今かとマッドが立ち尽くしており、こちらを見掛けると直ぐに手を降り出した
「遅いぞ!」
「……」
いつもは被らない自社専用の帽子を深深と被り、会釈だけで済ましたマギリは後部座席のドアを開け、入るよう促す
「フン!喋ることすら出来んとはまるで死人だな!」
「……」
死人に口なし、ね
「目的地は伝えた通りだ!行け!」
シートベルトをしないこのクソ野郎にとって、能力を知るには最適でもあった
俺が動いたのは自動車専用道路に入ってからだ
俺は制限速度を大幅に超える速度を出し、2車線ということもあり危険な追い越しを繰り返した
「お、おい!出しすぎじゃないか?」
この
「よくやってますんで、大丈夫ですよ」
「あん??なんか聞いたことある声だな…そ、それよりも警察に捕まったりしないだろうな?」
「安心してください、客様は神ですから」
お前は屍人となるがな、と心の中で続けたマギリは、目前の遅い車を追い越した瞬間、事故を起こした
否、起こさせたのだ
無理にハンドルを切り、路側帯に突っ込み、壁にぶつかる
マギリは持ち前の戦闘技術とシートベルト、エアバックの補填で軽傷を負ったが、マッドはそうもいかない
ぶつかった瞬間、マッドはシートベルトをしてないことによるフロントガラスからの車外への飛び出し、壁に激突した
マギリは衝突による混乱からすぐさま覚醒し、マッドを見やる
やはりと言うべきか、防御に振った体つきは無傷で、外傷がひとつもなかった
(まぁ、ヒントはあったな……あとは師匠にアドバイスを貰うか)
マギリは会社と警察に事情を説明すべく、電話をかけたのだった
軽傷で済んだマギリは、警察との話し合いを簡潔かつ丁寧に話し、処理を済ませて自社に説明
お怒りはあったものの、客様に怪我がなかったことによる安堵、しかし問題になるということに頭を抱えていた
「俺がもみ消しますので」
マギリのその適当な物の言い方に腹を立てた上司は1ヶ月停止処分という結果を報告した
事が終われば夕刻、マギリは街外れの掘っ建て小屋の前に来ていた
チャイムを鳴らし、了承を経て上がると男がひとり出向いてくれた
「マギリ、話は聞いたぞ」
「何のことでしょう?」
「とぼけるな、派手な事故を起こしてまで相手の素性を調べる阿呆がお前以外どこにいる」
「話が行き届いてるなら分かりますよね?」
マギリが椅子を探し、座ろうと思ったが椅子は師匠のブラックと呼ばれる男ひとつ分しかなく、あえなく立ち往生した
「バカ弟子に淹れる茶はない、が……何かわかったか?」
「一つだけ」
「事故を起こして一つだけか、バカタレが」
「過去にパーティ組んだ仲でもあるので、1つの新情報と言うだけでも価値はあります」
ブラックは渋い顔をしながらも続きを促した
「常時防御魔法を展開していますが、強い衝撃が加われば簡単に破壊できます」
「耐久はそれほど高くないということか…それで?」
「奴は防御魔法……それ以前に魔法を使いません、使えません」
「……道具による付与型か?」
「誰かの協力があるかもしれませんが、再度、防御魔法を貼り直すとしても時間は要ります」
「その隙を狙うか」
「なので、奴の身に纏う防具を破壊すべく高火力一点集中攻撃が必要です。アレの伝授をしてもらっていいか?」
マギリが会得しようとしている技は、ブラックの持つ魔法と殺戮技術を掛け合わせた必殺技のひとつ、【黒極】というものだ
「……いいだろう、しかし条件がある」
「その条件をクリアすれば使えるのか?」
「永続的な条件では無い、【黒極】を使う前に必ず行う……まぁ儀式のようなものだ」
「儀式ねぇ、何すりゃいいんだ?」
「感情を持つことだ」
──────────
5日が経ち、襲撃当日の夜にマギリは酒の飲み仲間と合流した
襲撃までにマギリは、師匠であるブラックの言われたことを考えながらも必殺技である【黒極】を仕上げていった
闇魔法である【黒】と、師匠ブラックの得意とした短刀による近接戦闘技術の【極刀】を合わせた【黒極】は絶死に至る威力を持つ
マギリは仕事が終わると【黒極】の修練に励む日課を繰り返し、そして今、襲撃の日を迎えた
「好色の変態は、北の研究所から出てきて家に戻る手筈だ。研究所に向かうぞ」
「あぁ……あぁ?なんで俺の車にお前ら乗ってんだよ」
マギリが乗っていたのは自社の仕事用の車とは違う、自信の持つ車だ
その車にマギリを含め10人以上乗っていた為、明らかな定員オーバーである
「俺たちの移動手段は基本徒歩だ、頼んだぞ」
軋む音は屋根からも伝う
助手席に2人、後ろに5人、屋根に3人となれば車は押しつぶされるのではないかとマギリは心配した
走って数分、研究所前に来ると車は軽くなった
瞼を一瞬閉じて開いた瞬間に乗っていた人間は全員居なくなっていたのだ
こういう時だけは行動が早いとマギリは思い耽って、廃車予定の自身の車に爆発物を仕掛ける
ひと段落し、眼前を見やると用心棒であるマッドが車に乗って研究所前に来ていた
そして、見た
「マリ……っ!?なんでこんな所に」
マギリの妹、マリが拉致されていたのだ
すぐさま車を遠隔操作可能な自動運転モードに切りかえ、マギリは外に出る
マギリは深く被ったフードコートを更に深く被り、妹を連れたマッドと対峙する
「な、なんだお前は!」
「ふぇ……っ、お兄?!」
マギリは舌打ちをした
妹は鼻が利く、匂いでマギリと判断したのだ
「兄っ!?てめぇマギリか!」
「正体知られちゃ元も子もねぇな…マッド!てめぇをここで終わらせる!」
遠隔装置を起動し、車を発進させたマギリはブチ切れていた
夜間ということもあり、ライトもつけられていない車は研究所の明かりでようやく視認できるようになる
マッドはその時点で気づき、妹であるマリを端に突き飛ばし、車を受け止めた
妹・マリは好色の変態の献上品に捧げる者だ
傷一つあってはならず、マッドは献上品を巻き込まないためにも突き飛ばし、敢えて車を止めたのだ
だが、車は受け止めただけに済まされず、爆発した
「きゃぁぁ!!」
頭を抱えるマリの悲鳴は爆発音と衝撃波、熱風による相乗効果を受けてのものだ
マッドは相当の威力を貰ったはずだろうと、マギリはクラウチングスタートの構えで見据える
「……ギリィ……マァァァギリィィイイイ!!」
炎上する車から立ち上がってくる炎の化身と化したマッドは、片手で何かしら動作を行う
「お前をぉぉおおお殺すぅぅうううう!!!」
「こっちのセリフじゃボケぇぇえええ!!」
マギリはスタートダッシュし、短刀を使用する【黒極】をマッドに差し向ける
逆にマッドは、手に取りだした蒼い石を握りつぶすところだった
瞬間、世界がスローに動く
右の1歩
マギリはマッドの懐に入る
左の2歩
マッドは驚きつつも、石を割る
【黒極】
マギリはマッドの胸板に短刀を突き立てる
石が割れ、頭から青白いオーラを纏うマッド
【黒極】は胸板を覆う装甲をいとも容易く破壊する
グバァン!!と轟く音はマギリとマッドから放たれ、しかしマッドは胸に穴を開けて地に伏した
「……帰りはタクシー呼ぶか」
肥えた男の断末魔を研究所から聞き届け、マギリは妹を立ち上がらせて後にした
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