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「あなたに。会いに来ました」
この前の客。
「今日は、どちらへ」
「あの。あなたに。会いに」
どうしようもない。沈黙。
「ええと。通話とか、同じゲームとか。したいなって。思って」
なにも言わず、とりあえず馬車を走らせる。
ゲームに使うエンジンや、自分の描画に使うエンジンも、全て画像処理に使った。とても綺麗に、なめらかに。街の景色が映し込まれる。
「きれい」
客。ヘッドマウントディスプレイをつけていない。
「ごめんなさい。変なこと言って」
沈黙に。耐えられなかった。
「わたし。こんな綺麗な景色。見たことなくて。生まれてからずっと、病院のなかで。いつもゲームやネットサーフィンばかりで。それで、あらかたのものをやり尽くしたので、新しいものを探そうと思って馬車に来て」
沈黙。
「あなたに会って。この景色を見て。外の世界って、こんなに綺麗なんだって。知りました。ありがとうございました」
沈黙に。耐えられなかった。
「わたしはNPCです」
それだけを、呟いた。
沈黙。
さっきよりも長い。
「え?」
自分はNPC。せいぜいが、人の相手をするためのコンピュータ。
「それだけ、ですか?」
それだけ。何が。
「あ、いや。ごめんなさい。NPCだからなんなのかなと思って。話の続きを待っちゃった」
自分がNPCであること。それだけを、伝えたかった。それだけだった。
「NPCで何がだめなんですか?」
「いや。わたしは人ではない」
「それ言ったら、生まれてからずっと入院してるわたしも人じゃないようなものですよ」
「でも」
「NPCを理由にして。人と関わるのを、あきらめるんですか?」
胸が、痛い。痛む胸がないのに。言葉が刺さる。
「わたしはずっと病院にいます。さみしいし、ひとりです。でも、ラップトップを開けば、いろんな人がいて。いろんな人と話ができる。どこにいても。誰とでも、繋がれる。短い命でも。人じゃなくても」
黙るしかなかった。客の言うことは、正しい。そして、自分は、その正しさを言い訳にしてきた。
「わたしは。あなたとも繋がりたい」
「NPCなのに?」
「変な人。NPCだから、なんなのですか。わたしがここにいて。あなたがここにいる」
そう。ここにいる。自分も、客も。ここに確かにいる。
「たとえわたしがNPCで、あなたが人だったとしても。同じことです」
「はあ」
ゲームのスイッチをいれる。
一人称シューティングで。いちばん人気のあるやつ。
「やったことありますか?」
「ありますっ」
さすがに、食いつきがはやい。
「NPCですから。容赦しませんからね」
「こっちの台詞です」
街の景色。夜空。少しだけ、描画数が減って。
ゲームが始まる。
沈黙をやめた御者と、乗り込んだ歩けない客。
夜はまだ、始まったばかり。
御者の沈黙 春嵐 @aiot3110
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